こんにちは。年末年始はいつも通りの生活で勤務です⋯⋯とか、偉そうに言っておりましたが、過ちが多かったと思います。



いつもとは違う、いつもより大変、というのはあったにせよ、ほぼ每日何かしらやらかしてました、軽微なものであったのは不幸中の幸いでしたが⋯⋯。



軽微なものとは言ってもいつもならやらかさないことで、しかも自分でも驚く程に数が多くなってしまったのが驚きでした。



不慣れなことや場所、或いは少し前にもお話をさせていただいた疲労だったのか?本日は1月8日、元日と同じ木曜日ですね。



つまり年が明けてから1週間が経ったわけですが、前述のように年が明けた辺りから過失が多くあり往生しておりました。



しかし月曜日辺りからなんとかいつも通りに戻ってきました、不慣れなことや場所が減ってきたことからでしょうね。



しかし以前にお話をさせていただいた通り、過ちを台所等にいるGに例えましたが、1つあると10とかそれ以上あるのでは?と、思うのです。



実際はなかなか気づいて発見することなど難しいと思うのですよね、気づかないでいる何かしらの過ちに今後発券とか露見していくのが少し憂鬱です。

こんにちは。本日は1月7日、どこに行っても、おそらくはテレビとかを見ても七草粥についての話が出てくると思います。



拙は七草粥は食したことがございません、お彼岸や桃の節句、端午の節句のように何かしら食べ物を食べる習慣がございますよね。



それに比べて冬至や夏至、七夕や重陽の節句には冬至の南瓜みたいに全く無いわけではないですが、節分の日の恵方巻きみたいに定着している感が弱い感じがしますと以前お話をさせていただいたと思います。



そのようなことを言っておきながら、では行事になれば必ずその行事に因んだものを食しているかというとそうではありませんでした。



前述の七草粥はその代表格ではあったのですが⋯⋯でもクリスマスにはケーキやチキン、お正月には蛸揚げて⋯⋯ではありませんね⋯⋯。



えーと、お正月には凧上げてでしたね、こまを回し、お雑煮とかおせち料理を食す⋯⋯まあ、行事や時期に合わせて何かをするのはそのほとんどは義務ではございません。



法的に罰せられたりすることはないのですが、それに合わせて何をやるというのは人間の形成というか、己の生活習慣や経済力とかを測る機会や指標になってしまうのかもしれませんね。



年末年始は普通に勤務とかでいつも通りの生活でだらけて遊んでいたわけではないのですが、七草粥を食したことがないことからいろいろと考えてしまいました。



お彼岸におはぎ、




こんにちは。疲労を感じた時に違和感もありました⋯⋯1月2日の午後のことでした。あれ?疲れているのかな?⋯⋯。



いつもと違うところへと出向くと業務は同じでも緊張してしまうのでしょうかね?疲労感はそこから来たのでしょうか?



⋯⋯と、思ったのですが、まだ2日目なのにこの疲労の感じ方は明らかにおかしいと思いました、疲労感に違和感?



わけの分からなさがようやく解消できたのはその日が金曜日であることに気がついた時にでした、1月2日は2日目ではなくて5日目でした。



これも疲労か?それとも老化か?作業をしつつ、頭の中で老化現象と己の馬鹿さ加減を笑いました、疲労はあってもまだ疲れてはいけない、そこで“疲れた”となってしまった時に老化は確定してしまうのでしょうね。