かつじのブログ ~ 幸せの羅針盤 ~ -2ページ目
極端に
心の針が振れ
それに執着すると
その反対に
行きずらくなり
心が固まってしまう
しかし
どちらにも振れる
針の中心に
いることで
どちらに振れても
許容できる
心の余裕が生まれる
中庸とは
すべての可能性を
包含する
心の柔軟性をもつ
生き方であり
すべてを認める
至福へと
いざなう道である

今ここの
現状の自分を
無条件に
受け入れ
愛すること
その先にのみ
平安
安らぎ
至福の
海原がある

全きの
素の自分とは
執着・抵抗する
必要もなく
力む必要が皆無の
初めから
もともとある
自然体でいられる
凪いだ場所に
凛としてある
光源のような
ものであり
力みがあれば
それは
自分のセンターが
素の自分から
離れていることを
意味している

心の自然な発露を
思考で置き換え
分析しようとするから
それが制限になり
それが執着となり
心が軋み
苦しくなる
心のエネルギーの
自然な発露を
思考で
意味づけ
しようとしない
そして
思考の枠に
何一つ
納めない
ことが大切
また
どんなに
自分の心の発露
(自分の感じ方)を
否定されようが
自分は
自分の
感じ方でしか
本当の人生を
生きれない

ジャッジせず
無条件に
内なるすべてを
愛しましょう
そして
制限・ジャッジから
自分を解放して
あげましょう
その為には
自分の真実に根ざした
『感じる』心を
取り戻しましょう
『考える』ことは
色々な人の事実であって
自分にとっての
真実ではないからです

自分の根幹と
繋がっている為には
つねに深々と
自分を『感じて』
いなければなりません
『考える』ことは
『感じる』の次に出てくる
2次的なものであり
『考える』に重きを置き
『感じる』ことを
ないがしろに
しないようにしましょう
『感じる』と言う
根幹を
自分の世界の中心に
据えることが
心の健康上
とても大切だと
感じています

吸気と呼気を
繰り返し
滑らかに
深く繋がっている
輪のように
呼吸する
つまり
『呼吸して
ただ自分を感じる』
ことを徹底的に
繰り返すことにより
その際
つねに自分の感覚で
いようとする
ことが大切なのですが
心や体の
収縮が溶け
自然体の自分
素の自分に
戻ることが出来る
と感じています

自分の心の電波は
対象に当たっては
ブーメランのように
戻ってくる
この往復が1セットであり
自分が放った波が
戻ってきたものを
受けいれるまでが
『自分という領域』であり
それを受け入れて
初めて
その対象と自分の双方を
感じることが出来る
ように出来ている
自分というものを
完結するためには
きっちりと
受け入れなければならず
このブーメランを
受け入れずに
拒絶することは
自分を生きていない
感じていないという
苦しみの地獄に
入ることを意味する
結局人間は
自分の内なる気持ちを
外界と共振することで
自分の内に
感じる生き物である
と感じています

心の内は
生かされの領域で
感じる領域であり
心の外向きは
生きる領域で
考える領域であると
感じています
生かされの領域に
考えることを
持ち込まない事が
大切です

思考の檻とは
外向き専門の思考が
意識の流れに
逆流して
内向きに刺さってる
杭のようになっている
ことを意味します
意識の
自然な発露を
妨げている
思考の檻が
あること見抜き
その杭を一本一本
抜いていく作業が
思考の呪縛から
抜ける為には
必要不可欠だと
感じています
思考には
外界の分析に
専念してもらい
意識をセーブする思考を
何一つ意識の内に
持ち込まないことが
大切だと
感じています


