かつじのブログ ~ 幸せの羅針盤 ~
思考は
自他の区別が曖昧で
多分に他者も
含んでいる為
自分を感じる作業から
切り離すことが大切で
他人と比較しないで
自分の感情を
感じきる

自分とは
天からの
エネルギーの
通過場所
流れている
生命エネルギーを
受け入れて
止めないで
流すことが
大切

プレゼント(いま)の
プレゼント(贈り物)を
受け入れ続ける
今とは
天からの
贈り物

どんなことが
あろうとも
いまここに
顕れ続ける
意識を
『受け入れ続ける』
ことが大切

何者かに
なるんじゃなくて
今ここの自分で
在り続けること
今ここの自分で
100%の調和を
維持すること
今ここの中に
素の自分があり
安らぎ・幸せがある

無(空・ゼロ)とは
清濁併せ飲んだ
光と闇を併せ持った
ブラックホールの
ような存在だと
感じています
無(空・ゼロ)とは
真我であり
そこから出た
すべての創造物を
受け入れること
つまり
自分が創りだした物を
受け入れる作業が
愛なのではないかと
感じています
愛とは
自分と自分が創ったものを
共に包含する
つまりは
すべてを包含する
行為であり
愛することは
本来の一つなる自分に戻る
やさしい唯一の道だと
感じています

世界は
ミクロからマクロまで
大小さまざまな
調和のとれた
球体の意識が
織りなす
見事なタペストリーで
出来ているのではと
感じています
どんな状態でも
その時点での
調和は取れているのですが
それを不調和とみなす
頭の思考が
調和を乱し問題を造る
張本人かもしれません

自我から創造は
エゴイスティックに
なりやすく
自我ではなく
真我を信じ
真我から自由に創造し
真我に創造を委ねる

すべてが自分の世界で
出来ており
世界は自分という色の
グラデーションで出来ていて
自分が嫌って
遠ざけている程度だけ
自分色が薄くなっている
自分色が
薄くなっている所は
心の中にまるで異物(他人)が
入っているような錯覚に落ちる
これが心のカラクリであり
愛せない部分が
どんどん自分から
分離していくように出来ており
逆に言えば
愛しさえすれば
すべては自分で出来ており
ワンネスであることに
気づくのではないかと
感じています

『私は不完全(未完成)でいい』
を受け入れよう
未完成(不完全)であることを
受け入れ愛することで
心に余裕が生まれ
自我(エゴ)の完全さを
求める欲求が
削ぎ落されていく
のではないかと
感じています
未完成を許して受け入れていく中に
『すべてがそのままで完全』という
完全性があらわになるのではない
でしょうか
愛するとは
自我(エゴ)が言うところの
すべての未完成を
受け入れていく
作業なのかもしれません
人は常にみかん星人(未完成人)である
という考えが
そのハードルを下げて
自他を許容できるようになる
キーワードではないかと感じます
~ウツから抜けたくなったら読む本 より~


