かつじのブログ ~ 幸せの羅針盤 ~
世界は
ミクロからマクロまで
大小さまざまな
調和のとれた
球体の意識が
織りなす
見事なタペストリーで
出来ているのではと
感じています
どんな状態でも
その時点での
調和は取れているのですが
それを不調和とみなす
頭の思考が
調和を乱し問題を造る
張本人かもしれません

自我から創造は
エゴイスティックに
なりやすく
自我ではなく
真我を信じ
真我から自由に創造し
真我に創造を委ねる

すべてが自分の世界で
出来ており
世界は自分という色の
グラデーションで出来ていて
自分が嫌って
遠ざけている程度だけ
自分色が薄くなっている
自分色が
薄くなっている所は
心の中にまるで異物(他人)が
入っているような錯覚に落ちる
これが心のカラクリであり
愛せない部分が
どんどん自分から
分離していくように出来ており
逆に言えば
愛しさえすれば
すべては自分で出来ており
ワンネスであることに
気づくのではないかと
感じています

『私は不完全(未完成)でいい』
を受け入れよう
未完成(不完全)であることを
受け入れ愛することで
心に余裕が生まれ
自我(エゴ)の完全さを
求める欲求が
削ぎ落されていく
のではないかと
感じています
未完成を許して受け入れていく中に
『すべてがそのままで完全』という
完全性があらわになるのではない
でしょうか
愛するとは
自我(エゴ)が言うところの
すべての未完成を
受け入れていく
作業なのかもしれません
人は常にみかん星人(未完成人)である
という考えが
そのハードルを下げて
自他を許容できるようになる
キーワードではないかと感じます
~ウツから抜けたくなったら読む本 より~

『感情』は末端の
『肉体』に溜まるので
感情ごと肉体を『感じて』
『受け入れる』ことが
感情を浄化する方法だと
感じています

あなたが
世界を創っている
のではなく
あなたが
意識であり
世界なのです
本来の
あなたには
自分の世界を
自由に創り変える
力があると
感じています

内なる自然に
一切手を加えないで
そのままを観て
そのままで
居させてあげる
在り方が大切で
あると感じています
その際
存在に最も近い
感覚を大切にする
必要があります
感覚=感じるが
人間の根幹を
成しているからです
嫌な気分とかも
そのままを
見つめることが
大切ですが
自然な感覚に
思考と感情が
結びついて
出来たものであり
思考と感情の
そのままを
徹底的に見つめ
思考と感情を
分離成仏させることで
そのままが
より透明な感覚の状態に
なるのではないかと
感じています
お釈迦様(真我・自然)と
孫悟空(自我・思考)の
話にある通り
これからは
自然に自我が
服従(降参)することが
大事であると
感じています

心の奥の
ゼロ地点から
湧き出る
自然現象
(思考・感情など)は
”判断を挟まなくても”
無為自然に
ただ淡々と
湧き出て
流れている
ものであり
その超自然に対し
人間心で
判断を下す
なんておこがましく
原因結果に
とらわれない
まっさらな
感じ方をし
受け入れることで
因果のカルマ
から抜け
『判断を挟まず
ただそのままを観る』
ことが大事だと
感じています

エゴ(自我・自分)を
守ろうとすること
(エゴの愛)で
あらゆる苦悩が
生まれてきているように
感じています
本当は
エゴを守る
必要なんて無いんだ
という理解が進むと
より透明な
意識状態で
居られるように
感じています

思考性による
社会的集合無意識に
どっぷり浸かると
何か役に立たないと
有用と認めてもらわないと
存在してはいけないような
衝動にかられます
そういう時は
親の愛・家族の愛の
無償性を思い出しましょう
また生まれたときは
愛されて生まれて
来たことを思い出しましょう
つまり
何も引かない
何も足さない
ただ
そのままの自分
素の自分
ありのままの自分が
『愛されている』ことに
気づくことが
大切なのです
素の自分は
本当の自分であり
それ以外になろうとすると
社会性の思考が
その存在価値を
下げてしまうので
注意が必要です
あなたが
ありのままの自分を
受け入れたとき
初めて真に
自由に動くことが出来る
ようになると感じています
あなたは
宇宙の愛
親の愛
家族の愛
社会の愛等に
幾重にも守られた
存在なのです


