かつじのブログ ~ 幸せの羅針盤 ~
心身
心と体
意識と肉体は
『ひとつ』であり
『ひとつの
2つの側面』を
表している
のではないかと
感じています

固定化された
意識(エゴ)に
平安がある
のではない
固定化されると
常にそれを
守る必要があり
心は壊れるもの
であると錯覚し
果てしない死闘が
続いてしまう
流転する中で
次々と現れては
消える本来の
自分の意識の中で
今に寛ぐことに
本当の平安がある
立ち止まらないで
流れる

流転する
無常な
その場その場の
いまの意識を
その都度
無条件に
受け入れる
ことが
流れに
逆らわない
秘訣だと
感じています

感じることと
感じないことで
心は
すべてのものを
自分と
自分以外に
分けています
しかし
外界は
すべてが
自分の投影なので
本来は
すべてが自分です
感じないことにより
自分以外の
異物と思ってるのは
嫌っている
自分自身の投影
なのです
そのすべてを
愛し感じられる
ようになれば
より幸せな境地に
辿り着けるのではと
感じています

意識とは
それぞれ
独立した
宇宙であり
他人との
関係性の上に
成り立っているように
見えるが
実際は
意識化とは
どこまでも
自分自身を
見つめて
発見していく
作業である
無条件の
受け入れ
愛のもとに
それは
広がっていく

自分の世界
自分の宇宙には
『自分の』意識しか
存在しない
全世界が
自分の意識と
その反応で
出来ていると
いうことです
何か別のもの
になるのではなくて
『自分の』意識を
深堀し感じる
ことでしか
意識の拡張は
あり得ないと
感じています

人は
内なるものと
同じものを
共振して
外に投影しており
つまり
内なるものと
同じものを
外で見ているのです
外は
内なるものの
写し鏡なのです
それは
外に自分を
感じる能力であり
愛というのは
自分も含め
すべてを
まるで
自分のことのように
感じる能力のことだと
感じています
よって
すべてのものに
自分を感じることが
究極の愛のカタチ
なのではと
感じています

愛とは
繋がることであり
繋がることは
感じること
愛とは
万物と繋がって
それを維持している
ものであり
また
愛とは
感じるもの
でもあり
すべてを
感じきった先に
愛の世界が
開くのではと
感じています

現状の否定によって
体に溜めこまれ
閉ざされた
エネルギーを
感じなおして
解放するためには
現状を
無条件に受け入れる
ことが必要で
自分の体が
感じてる
さまざまなことを
素直に認め
許して
受け入れること

赦しとは
自分が感じていることに
逆らわないで
受け入れることを
認める行為であり
閉ざされていた
感じるという回路を
ひも解いて解放し
再起動する行為
簡潔に言えば
『赦しとは
感じること』
またそれを
『認めること』である


