人間不信。


人を信じられないって、

悩みとして本来成立しがたいものではないでしょうか。
単純に、信じたい、の裏返し。
悪いことではない。
信じる、は、疑い、から派生した言葉。
ならば信じる努力をやめたらいい。
その前に疑わなければいいのだから。
それが無理でも、別に人を信じる必要なんてないよ。
信じた先にあるのは期待です。

期待が外れたら裏切りと転換してまた傷つく。
そんなのもったいない。

純粋で、個人的には嫌いじゃないけれど。
でも、人間不信と悩むのは、

自分が相手を信じられないわけじゃないと思います。
相手が自分を信じているか、不安なんだ。



人を信じられないと嘆くより、
大切なのは、
自分が相手を大事に思えているかどうか。


例え相手が、自分を忘れるくらい遠くにいってしまってもね。
幸せならそれでいい。
見返りを求めなければ、なぁんも怖くないよ。


----------------------------------------------------


とある女優さんのブログから抜粋したものです。





人を、誰かを信じるって事。


当たり前に出来ていたはずなのに、

いつからか”モヤモヤする気持ち”が心のどこかにあって、

喉の奥に何かがつっかえているような感覚があって、

無邪気に信用するって事が出来なくなっていた。


それはとても小さな出来事の積み重ねで、

知らず知らずの内に大きな塊となって、

私の中でどんどん膨らんでいってしまった。


そうやって私の中で『敵』と『味方』の区別をつけてしまっていた。


臆病になって扉を開けず殻に閉じこもって、

そうしなければ自分を守れないと思い込んでしまっていた。


『あなたは私を裏切らない?』

『あなたは私を傷つけない?』

そんな風に相手の顔色ばかりを窺ってしまっていた。



気がつけば自分の視野はとても狭くなっていて、

自分の世界もとても小さいものになってしまっていた。



人とかかわる事。

自分と向き合う事。


これからもっと変わっていけるし、変わっていきたい。