人間不信。
人を信じられないって、
悩みとして本来成立しがたいものではないでしょうか。
単純に、信じたい、の裏返し。
悪いことではない。
信じる、は、疑い、から派生した言葉。
ならば信じる努力をやめたらいい。
その前に疑わなければいいのだから。
それが無理でも、別に人を信じる必要なんてないよ。
信じた先にあるのは期待です。
期待が外れたら裏切りと転換してまた傷つく。
そんなのもったいない。
純粋で、個人的には嫌いじゃないけれど。
でも、人間不信と悩むのは、
自分が相手を信じられないわけじゃないと思います。
相手が自分を信じているか、不安なんだ。
人を信じられないと嘆くより、
大切なのは、
自分が相手を大事に思えているかどうか。
例え相手が、自分を忘れるくらい遠くにいってしまってもね。
幸せならそれでいい。
見返りを求めなければ、なぁんも怖くないよ。
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とある女優さんのブログから抜粋したものです。
人を、誰かを信じるって事。
当たり前に出来ていたはずなのに、
いつからか”モヤモヤする気持ち”が心のどこかにあって、
喉の奥に何かがつっかえているような感覚があって、
無邪気に信用するって事が出来なくなっていた。
それはとても小さな出来事の積み重ねで、
知らず知らずの内に大きな塊となって、
私の中でどんどん膨らんでいってしまった。
そうやって私の中で『敵』と『味方』の区別をつけてしまっていた。
臆病になって扉を開けず殻に閉じこもって、
そうしなければ自分を守れないと思い込んでしまっていた。
『あなたは私を裏切らない?』
『あなたは私を傷つけない?』
そんな風に相手の顔色ばかりを窺ってしまっていた。
気がつけば自分の視野はとても狭くなっていて、
自分の世界もとても小さいものになってしまっていた。
人とかかわる事。
自分と向き合う事。
これからもっと変わっていけるし、変わっていきたい。