絶望とは人の義務である
ゲーテはそんなことを語った。
確かにそうかもな。みんな必ず死ぬからな。
ニサルガダッタも「真正の絶望があなたを真我へと向かわす」みたいなことを言ってた。
絶望を知らないことには人は絶望を克服することもできないだろう。
希望と絶望。
人は希望に浮かれ、絶望に消沈する。
このアップダウンを人が間に受ける限り、それはその当人を掻き乱し続ける。
しかしそれらの正体が暴かれるならば、人は自由になる。
それらはただの想いに過ぎない。
想いは想いに過ぎず、存在ではない。
とてもシンプルなその現実に気付くならば、その当人は希望と絶望の奴隷ではなくなる。
私達現代人は自分の心というものをあまりに深刻に捉え過ぎている。
そんな大したもんでもない
そう思えるようになれば、私達の心は軽やかになってゆく。
希望や絶望に惑わされず穏やかにある時、その心自体が宇宙における本当の希望だ。
その心は平和を顕すからだ。
「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから」
イエス・キリスト