最近俺が考えているのは、「俺以外の存在は作り物かも知れない」という説である。
 人間はいわゆる五感を支配されると、完全に作り物の感覚だと絶対気づかない 。俺は確実に自分には「個」があると理解できる。だが他の人はどうだ?
 たとえば俺は宇宙人で五感を支配するカプセルに閉じ込められていたとする。そして「この世界」を体験させられている、という可能性を思いついたのだ。つまり、俺が今まで見てきた世界は、誰かの手によって作られたものであるという考え方だ。 1冊の本を読んでいると言ってもいいな。すでに決まっている未来をただなぞっているだけということだ。 
 そしてこの世界には、すべてが整いすぎている。「歴史」「物理法則」「環境」などなどである。この世界は何もかもが整いすぎているんだ。 そしてまず「奇跡」というものは絶対無い。 例えば川に流されかけてる人が居たとしよう。そしてそれを見ていた別の人が川に飛び込み、奇跡的に助けた。というシナリオがあったとしよう。だがそれは「奇跡」ではなく「必然」すなわち「必ず起こる事象」だということだ。 そして俺がこの記事を書くことも、筋書きどうりというわけだよ。 おちこぼれが頑張って頑張って金持ちになるのも、すべて決まっていた事なのだ。不慮の交通事故も。台風が発生するのも。大地震が起こるのも。 すべてが決まっている。
 だが決まっている未来は絶対に見ることができない。それがこの世界の理だ。俺だけの世界かも知れない。それとも本当に他の人が存在する世界なのかも知れない。そこらへんは何にも分からんが、どうでもいいことだ。俺はこの世界を堪能させてもらおう。「俺」という存在がなくなるその時まで。