先月、大阪で体育の時間にマスクを着用して持久走をしていた子が亡くなった事故があった。
あごにマスクがあったという事実を考えると、おそらく走っている時にもしていたのではないだろうか。
各ニュースを見て思ったのは、責任の追及に終わっているような気がするし、行政側もそれを以下に逃れるかというところに重点を置いているようでならない。
なぜなら、マスクを付けて運動するとどういう変化があるとか、どんな症状が出てくるか、なぜこういうことになったのかという原因究明がなされていないからだ。
こういう思考は日本人には苦手なことなのだろうか?
太平洋戦争で負け戦が続いた時も責任のなすりあいが横行していた史実がある。
2019年11月27日に出所後、顔を隠すためにマスクを付けはじめ、ランから始めた運動中もずっと付けていた。
そのころ考えていたのは、夏になると不自然だからどうしよう?
不審者に見られないか?等考えていたが、その後新型コロナがまん延し始め周囲に付ける人が増えてきた事でこの悩みも解消された。
昨年の夏ごろは、走る距離が7~8km程度だったので早朝走るときはずっと付けていた。
その後、秋が来て呼吸が楽になったので、トレーニングの負荷を増すために2枚にし、11月ごろには3枚にしていた。
今年に入り走る距離が15kmに増えてからは、冬場でも体温が上がり過ぎて後半外すようにしていた。
更に3月からは2時間走になり、走るペースが上がり20kmを走るようになると最初の5km程度で外すようにした。
これには理由がある。
それは、以前はずっと付けていて走っていたのだが、ペースが上がった後半にマスクの枚数を増やしたこともあると思うのだが、マスクが呼気に含まれる水分でかなり濡れてきて、呼吸の為に大きく吸った時に口元に張り付いてしまった。
きつい登りだったのと、疲れもピークだったので元々体も酸欠状態だったためか、酸素が入ってこなくなったのでめまいがして倒れそうになった。
危うくマスクをはぎ取り、大きく空気を吸い込んで何事もなく終わったのだが、倒れそうになった時は意識を無くしそうだった。
おそらく横にフェンスが無ければ倒れていただろうシチュエーションだった。
知らず知らずのうちに体内に入る酸素が減りその兆候はその前にあったものと思われる。
しかし、ランニングハイな状況になると、肉体は苦しくとも体を動かしてしまう。
この時は雨上がりで、気温も高く、早朝霧も出ていた。
湿度も高かったのでこういう状態になったのだろうが、これ以降は体から汗が出始めるとマスクを外すようにした。
梅雨に入ってからは最初から付けることを止めた。
あくまでも体感でしか語れないが、おそらく大半の日本人はマスクを着用して追い込んだトレーニングはしていないだろう。
トレーニング用のマスクを付けて色々試した過去があるから、今回はお手軽に使用済みの使い捨てマスクを使って走っていたのだから。
今も、ボランティアで伴走する時はマスクを付けているが、それは薄いウレタン用のマスクにしている。
不織布の方よりは湿った時でも呼吸が楽だからだ。
それに、周囲の目もあるので両方外すのはマズいと考え、ブラインドさんには暑くて呼吸が苦しい時は外してもらい、自分の方は付けるようにしている。
これから気温も高くなるが、重要なのは湿度の方だと思うし、マスクの素材も考えないといけない。
乾いた状態では変わらないが、不織布の作りがしっかりしたマスク程湿気てくると一気に吸えなくなる。
できれば、原因究明をきちんとして、というか着用は原則止めるとか、どうしても着用する必要があるときは運動の時にはマスクの素材を変えたものを付けるとかの根本的な対策を実施して欲しいものだ。
自己責任などという、いかにも自由な言葉でお茶を濁して終わりにして欲しくない。
巷ではテニス選手のうつ病による大会棄権などの記事が沢山出ているが、新型コロナで大きな影響を受けている未来の担い手である子どもを大切にしないと、日本の未来も無いような気がするのだが、そこまでは考え過ぎか。
島根あさひでの思考癖が付いた元受刑者のたわごとかもしれんな。


