未来の回想(松籟社): シギズムンド・クルジジャノフスキイ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第53回:『未来の回想』
未来の回想/松籟社

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今回紹介する本は、クルジジャノフスキイ(1887-1950)の『未来の回想』です。

クルジジャノフスキイは、ソ連時代には日の目を見ず、ペレストロイカ以降に再評価された「忘れられていた作家」の一人。2012年に短篇集『瞳孔の中』で日本に初めて紹介されると、それ以降、『神童のための童話集』や本書『未来の回想』が相次いで出版されています。さらに本書解説によれば、他の作品の翻訳出版も準備されているとのことですので、今、海外文学ファンの間で注目されている作家といってもいいでしょう。

とはいえ、かなり癖のある作風で幅広い読者層に受け入れられるとは思えず、このような作家の本が何冊も翻訳されるといのは、海外文学ファンの裾野が意外と広い証なのかもしれない。

『未来の回想』は全部で140頁程度、本文だけなら130頁にも満たない中篇小説ですが、独特な婉曲した言い回しや、人を食ったような疑似科学的言説などが散りばめられていてなかなか歯ごたえのある作品になっています。

時計をモチーフにした創作童話を父親から聞かされた少年マクシミリアン・シュテレルは、「時間」に憑りつかれてしまう。同級生と友情を得ようとすることもほとんどなく、時間の謎に向かうシュテレルは、いつしか時間を空間のように移動するタイムマシン「時間切断機」の制作に没頭するようになる。

「時間切断機」の制作は思うように進まないのだが、その理由は、主に製作費不足というリアルでシビアなもの。さらに追い打ちをかけるように、戦争やら革命やらがそれらに全く興味のないシュテレルにも襲い掛かってきて・・・

と、ストーリーを書くと波乱万丈な冒険物語のようですが、実際にはかなり観念的な小説です。「タイムマシン」という言葉によって呼び起された僕のワクワク感は成就することなく雲散霧消してしまいましたが、時間移動の描写など独特で面白いところも多く、これはこれでよい読書体験でした。

次にクルジジャノフスキイの短篇集『神童のための童話集』を紹介しようと思って読んだのですが、哲学と遊戯の予期せぬ出会いによる万華鏡の世界があまりに紹介しづらいので取り止めて、関連本として以下に挙げるだけに止めておきます。でも決してつまらないわけではないので、本書と合わせて読んでみてください。

関連本
神童のための童話集/河出書房新社

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