母(至誠堂):マクシム・ゴーリキー | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第34回:『母』

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今回紹介する本は、ゴーリキー(1868-1936)の『母』です。僕の読んだ本は、至誠堂から昭和30年に出版された本(全1巻)なのですが、同じ本がアマゾンで見当たらなかったので、上のリンクには、同じ訳者の別の本を挙げておきます。また、『母』には、ゴーリキー自身による修正が何度かあったようです。僕の読んだ本は最終バージョンの翻訳らしいのですが、他のバージョンからの翻訳もあるそうですので、読まれる方はご注意を。

さて、1917年のロシア革命後に樹立されたソビエト連邦は、その後の混乱を乗り越え、1930年代に入ると、第一次五ヵ年計画の成功など社会主義国家としての基盤を固めていきます。

そんな中、社会主義国家の更なる発展のために、芸術を通して労働者を教育していこうという動きが強まっていきます。そのためには、労働者にも分かり易く、かつ、彼らを革命や社会主義国家建設に目覚めさせることができる芸術の規範が必要となります。

ソ連共産党中央委員会は、1932年に上記のような「芸術」を「社会主義リアリズム」と名付け、その表現方針を提唱しました。この表現方針は、その後公式に認められることとなります。

「社会主義リアリズム」の表現方針をウィキペディアの社会主義リアリズムの項目から抜粋すると、以下のようになります。

●現実を、社会主義革命が発展しているという認識の下で、空想的ではなく現実的に、歴史的具体性をもって描く
●芸術的描写は、労働者を社会主義精神に添うように思想的に改造し教育する課題に取り組まなければならない

現代感覚からすれば、「労働者を社会主義精神に添うように思想的に改造し教育する」ことを目的としたものなんて単なるプロパガンダで芸術とは言えないと思いますが、当時は大真面目だったのでしょう。

まあ、それはさておき、「社会主義リアリズム」の模範として選ばれたのが、ゴーリキーが1907年に執筆した本書『母』です。

『母』が規範として選ばれる前もゴーリキーは評価が高かったようですが、この選定によりゴーリキーの評価はさらに高まり、ほとんど偶像化されるまでになります。

前回紹介した岩波文庫の『どん底』の解説には、「今日のゴーリキイは、世界文学界の長老、ソヴェート文壇の元勲として、およそ文人の登りうる最高峰の頂点に座し、その名の普遍化の点においてむしろ一個の偶像である(P163)」などと書かれています。現在のゴーリキーの知名度などからは信じられない高評価です。

舞台は帝政ロシア末期。パーヴェルの母は、工場で働く酒飲みの夫に虐げられながら、何の希望も生きていた。そんな夫も死んでしまい、残されたのは息子のパーヴェルただ一人であった。パーヴェルもまた、工場で働く労働者となり、父と同じように酒飲みの乱暴者になりそうな気配も一瞬あったのだが、結局は改心し、家は平穏になった。

そんなある日、パーヴェルは家に客人を招き入れる。その客人は社会主義者で労働者に社会主義精神を目覚めさせるための運動を行っていた。そう、パーヴェルもまた、いつの間にか社会主義者になっていたのだった。

初めはただ戸惑い、子供の身を案じるだけの母であったが、次第に搾取や専制と戦う息子を誇らしく思うようになり、自らもパーヴェルに協力するようになっていく。しかし、パーヴェルはある事件が元で逮捕されてしまい・・・

母はパーヴェルの母親というより革命家の母親、若者に感化される大人の代表という感じでしょうか。ただ、パーヴェルをはじめとする革命家たちが揺るがない信念を強調しすぎているために人間というより、革命ロボットのような印象を受けるなかで、母だけが悩み、恐れ、そしてそれらを克服していく人間として描かれています。

かなり思想的な小説ですので、万人受けは全く望めませんが、興味ある方は是非。

次回は、アルツィバーシェフの予定です。