犬物語(白水社) | 夜の旅と朝の夢

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~本を紹介するブログ~

【ロシア文学の深みを覗く】
第14回:『ムムー』

犬物語/白水社

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今回紹介する本は『犬物語』。犬が登場する小説やノンフィクションを集めた犬アンソロジーです。

犬好きの方はもう読まずにはいられないでしょう。僕も犬が大好きだから本書を読んでみました。というのは嘘で(犬は好きだけど)、本書を読んだ理由はただ一つ。ツルゲーネフの『ムムー』が収録されているからです。

ツルゲーネフは、『猟人日記』による農奴批判で当局に目を付けられ、その後、ゴーゴリに対する追悼文が不穏当だという言いがかりによって投獄されてしまうのですが、『ムムー』はツルゲーネフが投獄されていたときに執筆した短篇小説です。『衣装哲学』で有名なカーライルが世界で最も美しい物語と呼んだという噂を聞いて、これは読まねばならないと思い立った次第です。

生まれながらの聾唖者で2mもあろうかという大男ゲラシームは、その勤勉さと能力を買われ、ある未亡人の屋敷番として雇われることに。そこでゲラシームは、周囲から多少恐れられてはいるものの、身振りや手振りで意思疎通もでき、さらには几帳面で真面目な性格のおかげで一目置かれていた。

そんなゲラシームは洗濯女のタチヤーナに恋をするのだが、それは何とも後味の悪い結末に終わってしまう。しかし捨てる神あれば拾う神あり。彼は一匹の仔犬を拾い、ムムーと名付けると、その犬を次第に溺愛するようになっていくのであった。

ゲラシームにとってはいなくてはならない存在になったムムーであったが、ゲラシームの主人である未亡人には嫌われてしまい・・・

という話。雰囲気的には『猟人日記』の延長線上にありますね。世界で最も美しい物語とまでは思いませんでしたが、余韻の残るいい作品でした。

本書には『ムムー』以外にも、ポーランドのムロージェックによるアイロニカルな『忠実な番犬』、オーストリアの女流作家エッシェンバッハの切ない短編小説『クラムバムブリ』、スイスのデュレンマットの幻想譚『犬』など、マイナーですがかなり面白い作品も収録されています。

ヴァージニア・ウルフやフォークナーの中長編から一部を抜粋したものが何の説明もなしに収録されている点がちょっと残念なところですが、全体としてみれば面白いアンソロジーだと思いますね。

ちなみに姉妹本の『猫物語』もあります。
猫物語/白水社

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ついでに読んでみましたが、『犬物語』がバリエーション豊かなのに対して、『猫物語』は幻想怪奇系が多いのが特徴でしょうか。これが犬と猫の差なのだと思うと中々興味深いですね。

ロシア文学では、ボゴレーリスキの『モスクワの魔女と黒猫』とチェーホフの『ねこ』が収録されています。

『モスクワの魔女と黒猫』は以前紹介した枠物語『分身』の中の1篇でホフマン風の幻想小説。『ねこ』はチェーホフらしいユーモアと皮肉の効いた短編小説。

それ以外にも傑作が多く、長編からの抜粋もほとんどありません。個人的には『犬物語』よりも面白かったかなと。まあ、好みですけどね。

両方共絶版のようですが、古書ではリーズナブルな値段で売っているみたいなので、犬好き、猫好き、ツルゲーネフ好きは是非読んでみてください。

あと『猫物語』の新装版を見つけましたが、『犬物語』の新装版は見つからず。犬好きよりも猫好きが多いのでしょうか・・・

新装版『猫物語』
猫物語/白水社

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