分身(群像社)アントーニイ・ポゴレーリスキイ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第4回:『分身』

分身―あるいはわが小ロシアの夕べ (ロシア名作ライブラリー)/群像社

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今回は、アントーニイ・ポゴレーリスキイ(1787-1836)の『分身』を紹介します。

出版社はロシア文学を専門とする群像社。群像社は、古今問わず様々なロシア文学関連の本を出版していて当然普通の単行本も出版していますが、個人的に注目しているのは、文庫よりも少し大きめのサイズの「ロシア名作ライブラリー」と「群像社ライブラリー」の2つのシリーズ。

「ロシア名作ライブラリー」は19世紀以前のロシア文学を集めたシリーズで、「群像社ライブラリー」は20世紀以降のロシア文学を集めたシリーズという区別だと思うのですが、両シリーズとも有名な作品だけでなく、無名だけど面白い作品がラインアップされていて、ロシア文学の深みと広さを感じさせてくれます。

で今回の『分身』は「ロシア名作ライブラリー」の方になります。作者のポゴレーリスキイは、近代ロシア文学の嚆矢とされるプーシキン(1799‐1837)よりも年上でプーシキンにも影響を与えたそうですが、僕は本書を手に取るまで全く知りませんでした。本書以外にも『アリョーシャと黒いめんどり』という邦訳本があるようですが、未読。

タイトルの「分身」とはドッペルゲンガーのこと。ドッペルゲンガーは、自分自身の生き写しで、見たら死期が近い証拠という民間伝承や、芥川龍之介が実際に死ぬ少し前に見たという実しやかな話などで有名です。

ドストエフスキーの小説に『二重人格』というのがありますが、ロシア語では全く同じタイトルです。ドストエフスキーの方も分身が現れる話なので、個人的には「分身」と訳すべきだったんじゃなかと思っています。

上記の民間伝承やドストエフスキーの『二重人格』の基調は暗いのですが、本書では、ちょっと違います。ポゴレーリスキイ本人が僻村で無聊に苦しんでいるところに「分身」が訪ねてきて、こう言います。

「わたしの出現は、決して、あなたにとって何かの不幸の前触れではありません。わたしが来たのは、あなたの孤独の侘しさをできるかぎり和らげるためなのですよ(P17)」

それから六夜にわたるポゴレーリスキイと分身との対話が描かれます。正確には、対話を枠とし、その枠の中に4篇の短編小説と、1篇のエッセイとを入れ込んだ枠物語の体裁になっています。

各短編小説は基本的には幻想小説の類なのですが、「分身」は冷静にそんなことは起こりそうもないとか、説教臭いとか批評してきます。各短編小説は少し感傷的なきらいがあるのですが、それが批評によって『分身』全体を理性的なものにしているとことに、枠物語の必然性を覚えます。

エッセイでは、人間の賢明さを洞察力や教養等の項目に細分化、さらに自己愛などの欠点も項目として追加し、各項目を数値化することで人間を分析・評価できるという合理的人間解釈が展開されます。個人的には、人間の能力を数値化することには同意できませんが、結構面白いエッセイだと思います。

プーシキンを近代ロシア文学の始祖として評価すればするほど、プーシキン以前は軽んじられることにつながってしまうかもしれませんが、本書は、プーシキン以前にも優れた作家がいることを教えてくれます。うん、読んでよかった。

関連本
二重人格 (岩波文庫)/岩波書店

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アリョーシャと黒いめんどり (旺文社ジュニア図書館)/旺文社

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