ジャン・アヌイ (1) ひばり (ハヤカワ演劇文庫 (11))/早川書房
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今回は、ジャン・アヌイの戯曲『ひばり』を紹介します。
作者のジャン・アヌイ(1910-1987:本名「ジャン・マリ・リュシアン・ピエール・アヌイ」)は、フランスの現代劇作家(といっても既に故人なわけですが)。フランスの現代劇作家の中では比較的有名な人で、以前白水社から出版されていた「現代フランス戯曲選集」にも戯曲が収録されていたと思います。
さて本書は一口に言えば、ジャンヌ・ダルクものです。
ジャンヌ・ダルクは、世界で最も有名な女性の一人でしょう。フランスの王位後継者を巡ってフランスとイギリスの間で行われた百年戦争の末期、不利に立たされていたフランスに彗星のごとく現れた救世主。彼女は神の声に導かれ、王太子シャルルらとともにイギリス軍を蹴散らし、ランスで戴冠式を行い、シャルルをフランス国王に即位させることに成功します。
しかし、その後、あくまでも武力によるイギリスとの戦いを主張するジャンヌは、イギリスとの和平を結ぼうとするシャルルらから孤立していき、最終的には、イギリス軍と結託していたブルゴーニュ軍に捕らわれ、イギリスに引き渡されてしまいます。
そこで、ジャンヌは異端審問にかけられます。一度は異端であることを認め、一度は極刑を免れたジャンヌでしたが、その後、禁じられた男装を再び行い、それが異端に戻ったとされて、結局極刑に課せられてしまいます。享年は、わずか19歳でした。
本書は、異端審問中に、ジャンヌが異端審問官たちの前でそれまでの人生について演じさせられるという劇中劇をメインとしています。劇中劇では、ジャンヌが神の声を聴き、両親の反対を押し切って故郷の村を出発したこと、シャルルのようなイギリスに対して戦おうとしない人たちを説得して戦いに参加させたこと、そしてついにシャルルを戴冠させたことなどが演じられます。
異端審問中に劇を行う理由が分からないなどの多少強引な展開を見せますが、劇中劇を使ってジャンヌの人生を凝縮させることで表現される緊張感や、ジャンヌと異端審問官との鬼気迫るやり取りなどがそれを補って余りある力強さを本戯曲に与えています。
特にジャンヌの少女らしい弱さを抱えながらも、それを抑えて立ち上がる姿は感動的です。
『目の前に、乗り越えられそうにない壁があらわれたら………こう言うの。「………ぼくは怖い。怖さのどん底だ。ほらこれでいい。いまやぼくは恐怖心を持った。さあ、行こう!」すると、みんなは、あなたが怖がっていないのに驚いて、怖がりはじめ、道をあけてくれる!(p112-113)』
1952年という発表年を考えますと、このようなジャンヌの言葉には、ナチス・ドイツに反抗したフランスのレジスタンスの姿が反映されているようにも思えますが、まあ、そんな特定の事項に当てはめるよりも、人間に対する普遍的な物語として読んだ方がいいでしょう。その方が本書をより魅力的にしてくれますからね。
ということで、本書は中々の傑作。おすすめです。