慈悲の聖母病棟(成文社):イヴァン・ツァンカル | 夜の旅と朝の夢

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慈悲の聖母病棟/成文社

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今回紹介する本は、イヴァン・ツァンカルの『慈悲の聖母病棟』です。

作者のツァンカルは、スロヴェニアの小説家です。本書の解説によれば、スロヴェニアの近代文学の創始者であり、スロヴェニアの国民的小説家だそうです。

脇道にそれますが、スロヴェニアの写真とかを見ると、ものすごく綺麗な景色が写されているんですよね。ブレッド湖の聖マリア教会とかはもう感涙もの。死ぬ前に一度は行っておきたいところの一つなんです。

でも、そんな憧れの国なのですが、スロヴェニア文学については全くの無知。作者のツァンカルについても本書で初めて知りました。

さて、本書は、マルチという足の不自由な少女が母に抱かれながら、修道院の付属病棟である聖母病棟に入るところから始まります。明確には語られていませんが、マルチは不治の病に冒されて、もう二度と聖母病棟を出る見込みはありません。

そんなマルチが暮らすこととなった部屋は、14個のベッドが棺のように並ぶ大部屋。その大部屋には、マルチと同じように不治の病に冒された少女や、奇形を背負った少女、そして、家庭の事情や精神的な問題を抱えた少女たちが暮らしています。

本書は、一応マルチを主人公とした長編小説の体裁になっていますが、実際には、聖母病棟で暮らす少女たちを描いた連作短編といった方が正しいでしょう。

各短編では、特定の少女の心の問題や、病棟でのエピソードなどが恐ろしいほど静寂に満ちた文体で描かれていて、その背後には、いつも死や性といった重いテーマがあります。

幻想的な描写があることや、聖母病棟の場所や運営システムなどは一切語られていないことがファンタジーを思い起こさせますが、上述した重いテーマによって現実に引き戻される。そんなファンタジーとリアルが融合した世界が本書に独特な魅力を与えていると思いますね。各編のストーリーもいいですし、万人におススメできる小説です。