時は老いをいそぐ(河出書房新社):アントニオ・タブッキ | 夜の旅と朝の夢

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時は老いをいそぐ/アントニオ・タブッキ

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このブログで何回か取り上げているイタリアの小説家・タブッキ(1943 - 2012)の短編集です。タブッキは私の好きな小説家の一人なのですが、惜しくも先月の25日に亡くなってしまいました。非常に残念でなりません。

『時は老いをいそぐ』は2009年に本国で出版されたもの。晩年の作品ということになりますね。

本書は9編の短編小説からなる短編集ですが、単純に短編小説を集めたものではありません。一種の連作短編小説です。一般的な、連作小説は、主に登場人物や舞台が共通した一連の小説のことを指しますが、本書で共通しているのは、それらではなく「時は老いをいそぐ」というテーマです。テーマが共通しているといっても、怪奇小説集とかそういったジャンル的な薄いものではなくて、もっと濃密なものです。

もう少し具体的に言えば、本書の各短編小説は、基本的に、老人またはそれに近い年齢の人々による、不条理に満ちた社会に対する静かな反抗と、そんな社会に振り回された自分の人生に対する和解の物語になっています。

人間はどのように生きてきたかを知るには、記憶を頼りにするしかありません。しかし、記憶はいつでも曖昧です。本書の言葉を借りれば、「記憶というものは合理的なかたちなどもたない(p174)」ものです。

ですから、人間はどのように生きてきたかを知ることはできません。だからといって、ある程度歳を重ねると、「どのように生きてきたか?」という問いから逃げることもできません。

本書では、そんな狭間で揺れている登場人物たちの人生を、時には断片的に、時には漠然としたイメージの中に、時には登場人物自身でさえ評価に苦しむエピソードの中に描いています。

収録作品は全て面白いのですが、その中でも、私が最も感動したのは「将軍たちの再開」という小説です。憎んでもいい相手と再会し、一緒に過ごした3日間を人生で最良のひとときと言い切る元軍人の物語で、少し倒錯していますが、それが人生、良い話だと思います。

「俺は過去を振り返らないぜ」的な若者には向いていないかもしれませんが、そうでない方にはかなりのおススメです。