坊主失格  小池龍之介  p49


“今になって振り返ってみますと、「友達思い」とか「友達が大事」といったような子供なりの建前の裏には、いつも「自分は好かれていないのでは」という不安に裏打ちされた渇愛があったのです。ですから、友達と遊ぶことに必死になっていて、正直なところ、楽しいというよりは息苦しいような感じがついてまわっていたようにも思います”


小学生の頃の著者が、友達づきあいの中で感じていたこと。


私は、大人になった今でも、人と接することに対して息苦しさを感じ、すぐにその場から逃げ出したくなってしまうことがあります。

その心の裏には、小学生の頃の著者と同じような“「自分は好かれていないのでは」という不安に裏打ちされた渇愛が”あるように思います。

ということは、私が人と接することに対して息苦しさを感じている時は、自分がどのように評価されているのか?ということにしか関心が向いていない状態であると言えそうです。

そうなると、この状態の自分というのは、自分のことばっかりで人のことが見えなくなっているので、何らかのトラブルを起こしてしまう可能性が非常に高いと言えます。

ですので、この状態の自分に気付いたら、これを危険のシグナルとして捉えることができ、先に待ち構えた危険の回避に役立ちそうです。