“同じようにね、好きな人とも距離を置いてしまうことが、あるんじゃないかと思ったの。でも、気をつかい過ぎるあまり、より深く、相手を傷つける場合もあると思うのよ。結婚しなくても、家族を持たなくてもいい。でもね、できれば、一緒に生きる相手は見つけてほしい。相手を認めることと、相手から認められることが、生きてゆくには、大事だと思うもの。ひとりで踏ん張ろうとし過ぎると、自分はもちろん、やっぱり誰かを傷つける気がする。すべてを、ひとりで背負って、解決しようとするばかりが、大人のやり方じゃない。人を信頼して、まかせたり、まかせられたりできるのも、ひとつの成長かなって思うし。ゆっくりでもいい、自分を開いてみたら、どう…人にすべてを託して甘えることを、自分自身に許してあげたら、どうかしら…”
これは、主役の一人、粱平に対して、5年ぶりに再会した粱平の義母が言った台詞です。
この台詞で、義母は粱平に対して、本当に愛情を注いで育てたんだろうなと感じました。
粱平の性格は、正義感が強過ぎる一方で、協調性を欠いており、例えば仕事では、チームでの行動が義務付けられている業務においても、正義感に火が付いてしまうと単独で動いてしまうという問題行動を起こしてしまい、最終的には自分を苦しめる結果になってしまいます。この時も、丁度その性格が災いしていました。
粱平の性格をよく知っている義母は、顔色を見ただけで、全てを瞬時で把握して、この台詞を言ったのです。血が繋がっていなくても、本当に愛情を注いで育てた親だからこそ言える言葉だと思いました。
そして、この言葉は、私自身にも必要な言葉です。
私は、人にお願い事をするということができません。その為、全てを抱え込んで、苦しんで「なんで周りは助けてくれないんだ!」と勝手に不機嫌に陥る節があります。
私は、他人にエゴをぶつけられるのが嫌なので(多分トラウマ)自分も他人にエゴをぶつけるようなことは「絶対してはならない」というイラショナルビリーフがあります。
私の中で、「お願い事をする」という行為は、エゴをぶつけているように感じられるのです。だからお願い事ができないのです。
この義母の言葉は、私のイラショナルビリーフの論破に役立ちます。
これが、昨日の“壁の超え方”のように思います。