京都市右京区の妙心寺塔頭・退蔵院住職の長男松山大耕さん(27)が埼玉県での3年半の修行をおさめ、京都への帰路約600キロをひと月かけて托鉢(たくはつ)しながら歩き切った。1日朝、無事京都に帰り着き「人はこんなに温かいのかと感じた。ありがたいのひとことに尽きる」と話した。
松山さんは東大大学院農学生命科学研究科を修了した。「東大に入って正直、僧侶にならなくてもいいのではないかと喜んだこともあった」。しかし20歳になって僧侶を志す。「まわりは官僚や一流企業、弁護士を目指す人ばかり。私にできることは何かを考えた」
大学院修了後、すぐに埼玉県新座市の平林寺にある僧堂(専門道場)の門をたたいた。厳しい生活が3年半。修行をおさめ「京都に戻ると出歩くことが少なくなる。昔は僧堂への行き帰りは徒歩だった。自分を見つめるためにも行脚したい」と歩くことを決意した。
道中はわらじか地下足袋。経典と托鉢の免許状、剃髪(ていはつ)用のかみそり、クマよけの鈴を持って歩いた。3日目で足首が腫れた。首も痛くなる。1日20キロを目標にしていたが、4日目には7キロほどしか歩けなくなった。
切り立つ岩のそばの幅数10センチの道を抜けた。コケむした道、いがぐりの転がる道は地下足袋に履き替えた。寺院に寝泊まりさせてもらった。
つらい道中を支えたのは人との出会いだった。車中から手を合わせてくれた人。手作りのリンゴあめを持ってきてくれた人。困っているときに泊めてもらった民宿のあるじ。雲水にどう接していいか分からないおばちゃん。つばを吐く人…。思いを巡らせながら歩くと涙があふれた。
ゆくゆくは禅僧として退蔵院を任されることになる。松山さんは「この体験を糧に、地に足をつけた僧になりたい。農業のように、宗教も日常のなかにあるものであってほしい」と願っている。
世の中
いろんな人がいるもんだ。
灯台を出て僧侶。
考え方1つで
人間ってどうなるか
わからないねぇ・・・
自分もどうなるのか?
ホンと明日が見えてこないんだからww

ふと、
俗世からの離脱。
考える・・・
今、ガムバッテたら
いい事あるかな
唾を吐く人。
こんな奴は
地獄へ逝きなさい。
(´ー`)y━~~
では、では・・・