4.始まる予感と終わる予兆


美鈴が倒れる、少し前の時間。
館の中では、住人達が外の異常を察知していた。


「えらく外が騒がしいわね。」
「また何か害虫でも来たんじゃないの?」
「それにしては、やけに派手だし長くないかしら?」
「そう? …それもそうね。けど、やってるのは美鈴でしょ? レミィのお気に入りじゃない。」
「だから気にならない? 美鈴がこんなに手間取る事も、そんなに無いと思うんだけど…。」
「確かに…。そう言われると気になるわね。見てきたら?」
「嫌よ。面倒だし。」
「なら信じなさいな。」
そこに、ちょうど良くドアをノックする音が聞こえる。
「レミリア様、パチュリー様、よろしいでしょうか。」
「咲夜? どうぞ。」
「失礼致します。」
「咲夜、もう休んだの?」
「はい。私には1時間もあれば充分です。」
「…そう。それなら良いんだけど。」
「さすがね~。私もその力、身につけたいものね。」
「パチュリー様のお持ちの本には、この力については書かれていないのですか?」
「これだけの力になると、後から知識だけで身に付くものじゃないのよ。」
「咲夜、パチェに知らない事があるとでも思う?」
「これは、失礼致しました。」
「まぁ良いわ。そんな事より、どうしたの?」
「随分と外が騒がしいようだったので、少し様子を見てきたんですが…。」
「レミィ、優秀なメイドを持つと、どんどん身体に怠け癖が付くわね。」
「放っといてよ。で、どうだった?」
「申し上げにくいんですが、美鈴さんでは少し、荷が重いかと…。」
「本当に? 美鈴が押されてるの?」
「いえ、現状は美鈴さんが優勢ですが、恐らく逆転されます。」
「根拠はあるの?」
「美鈴さんは、既にスペルカードを1枚取られました。」
「風鈴?」
「はい。相手は2人で、コンビネーションの完成度が抜群に高く、弾幕が分厚くて、
 美鈴さんが思うように接近できない状況に持っていかれています。」
「そう…それじゃ、彩雨も時間の問題ね…。」
「恐らくは。相手の避け方を見る限り、押しても逃げ切られる可能性が高いです。」
「久しぶりね、それほどの来訪者なんて…。咲夜、一応準備をしておいてくれる?
 万が一、という事もありえるし。場所や方法は任せるわ。」
「かしこまりました。」
「パチェ、長い時間ありがとう。私も部屋に戻るわ。」
「その方が良さそうね。はぁ、騒々しい夜になりそうね。」
「そんなに時間はかからないわよ。」
「レミリア様、お部屋に着替えを用意しておきます。」
「ありがとう。それじゃ、よろしく頼むわね。」
「かしこまりました。」
レミリアと咲夜が書斎を後にする。


「本当、騒々しい夜になりそう…。今日は喘息の調子も良いし、私も準備だけしとこうかな…。」
パチュリーは手に持っていた小説を本棚へ戻し、魔道書のある本棚へと向かった。
「今日はどれにしようかしら…火・水・土くらいあれば大丈夫かな…。」
パチュリーは紅魔館で1番の博識でもあり、紅魔館で1番の魔女でもある。
しかし、パチュリーは幼い頃から喘息を患っており、
魔法詠唱に大きなハンディを負うケースがほとんどである。
それを補うべく、パチュリーは常に本を抱えて戦いに挑む。
本そのものに魔力をある程度コーティングしておく事で、
扱いたい力属性の本を開けば、その属性の魔法効果の発動が飛躍的に早くなる。
彼女はこの力を利用するため、常にスペルカードと本を1ペアとして所持する。
身体に不要なウエイトをかけることになるが、魔女の本質とは、
動く事ではなく、いかに動かず、あいてに行動させずに制圧するか、
という点に収束する。パチュリーのスタイルはその極端な例と言える。
もっとも、彼女は積極的に行動を起こすようなタイプではなく、
体調によっては図書館の中でもほとんど動く事が無い事もあるため、
机の上に本とカードを並べるだけで戦えるこのスタイルを選択せざるを得なかったのだが…。
「まさかとは思うけど、美鈴を超えて来るような輩だし…。
 一応全部揃えとこうか。小悪魔も召喚しておいた方が良いわね。」
パチュリーは普段、動き回る事を極端に嫌うが、
何かを行うと決めた時の準備は誰よりも周到に行う。
結局のところ、それが事態を収束させる事への1番の近道と知っているからだ。
「さて、本棚に結界も張っておかないと。ここで暴れられるのは嫌なんだけどね…。」


メイド長の咲夜は再び自室に戻り、戦闘体制を整える。
身体の各所に隠し持っているナイフは、普段は緊急用ナイフでしかない。
それらを1度全て外し、戦闘用ナイフへと装備しなおしていく。
その数は尋常ではなく、メイド服の下はナイフの山になっている。
咲夜はこの紅魔館に住む、数少ない人間である。
人間とは言っても、このナイフの腕前は一流暗殺者を凌ぐほどであり、
館に住む妖怪達が手を焼くような侵入者が現れたとしても、
ナイフ数本もあれば大抵の侵入者は排除する事が出来る。
更に、咲夜には切り札とも言えるべき、不思議な力を持つ。
この力こそが、咲夜が紅魔館に身を寄せる原因にもなっているのだが…。
(美鈴…引っ張り過ぎないようにね…。貴方の役目は、刺し違える事じゃない。
 貴方は、私が居なくなってからも、お嬢様達を守らなければならない…。
 無理だと思ったら、迷うことなく引かなければいけない…。)
1本1本、ナイフの刃がこぼれていないか確認しながら、
長さの違うナイフを、長さに合った箇所に装備していく。
(まさか、これ程早いうちに美鈴が抜かれるような者が現れるなんて…。
 けど、あの感じ…恐らく現時点での美鈴では、彩雨でも抑えきれない。
 お嬢様の元に行かれる前に、私が止めないと…。お嬢様を守りきらないと…。
 それに…)
全てのナイフを装備し終えると、ゆっくりと自室を出て行く。
(時と空間は私の物。絶対に通さない。2人は私が必ず守りぬく!
 それが、進入してきた2人のためでもある…。)
ゆっくりと、レミリアの部屋の方を眺め、暗闇の地下室へと目を向ける。
(お嬢様から受けた御恩、戦いの最中にも、私は絶対に忘れない…。)
両手に1本ずつ、手持ちナイフを持ち、1度素振りを行う。
ナイフに移る自分の目を、静かに見つめ、廊下へと目を移す。
(美鈴、助けに行けなくてごめんなさい。けど、貴方の稼いでくれた「時」は、
 絶対無駄にはしない。貴方は、未来の紅魔館に必要な人。

 今は、私に任せておいて。)
館の外で、人の倒れるような音がした。


館の中でも一際広く、きらびやかな部屋。しかし、それでいて物が少なく質素な部屋。
いや、質素というよりは、簡素とでも言うべき雰囲気。
天蓋付きのベッドが1つに、スタンド式のシャンデリアが1本。
1人分の食事を置く程度の大きさしかない、丸いガラステーブルが1つに、
そのテーブルと対になったチェアが1つ。全身を映せる大きな鏡が1つ。
それ以外には物という物が無い。眠り、目覚め、朝食を取り、身支度を整える。
本当に、そのためだけの部屋。寝室としては理想の形かもしれない。
館の主、レミリア・スカーレットは、自分の寝室に戻り準備を整えていた。
ベッドの上には、咲夜が用意した着替えが置かれている。
「まだ、霧を晴らすわけには行かない…。」
窓から、紅く不気味に光る月と、その月の光を乱反射させる霧を眺める。
「あの子の為に、この霧はまだ必要…。相手が誰であっても、これを晴らされてはいけない…。」
まるで、自分を追い詰めているかのように、独り言をつぶやく。
「私は、いつになったら罪を償えるだろう…。償うどころか、どんどん罪は膨らんでいく…。
 日に1つ、罪を重ねていく…。まだこんな状態なのに、月ばかり紅くなっていく…。」
月に同調するかのように、レミリアの瞳が紅く染まっていく。
「いけないわね…。今日はもうしばらく、食事は取れないって言うのに。」
窓から離れ、来ていた服を無造作に脱ぎ捨てながら、ベッドへと近づく。
背中には、漆黒の翼が生えている。翼をたたみながら、着替えに袖を通す。
「十中八九、咲夜が始末するだろうけど…今日は何か、嫌な感じがする。
 あの子が暴れた時と、なんとなく近い、空気が淀んだような、嫌な雰囲気…。」
着替えを終え、暗闇の地下室を思い返す。
「あの子は私が守らないといけない…。まだまだ、あの子は1人では生きていけない…。
 それに、来た者も守ってやらないと…。世話が焼ける…だから来客は面倒なのに…。」
ギリッ、と歯を鳴らす音に合わせて、部屋の灯りが力を失い、部屋が暗転する。
「ここまで力が増しているなんて…。余計に危険ね。」
灯りをつけ直し、レミリアは小さなチェアにゆっくり腰掛けた。
「今夜は、暇せずに済みそうね…。」
何かを諦めるような表情を浮かべながら、静かに下を向き、時が過ぎるのを待つ。


館の奥の奥、1点の光も届かない暗闇の中で、光を留めて眠りに付いたはずの翼が、
再び光を取り戻し始める。七色に輝く光が、闇をちらちらと、かすかに彩る。
「どうしたのかな…あんなに眠かったのに、目が覚めちゃった…。
 けど、まだ少し眠いかな。また眠れば、長く眠っていられるかな…。」
光は、また静かに消えていく。ほんの少しの間、闇の中に息吹が訪れた。