PHP理念はまさにMRA思想の松下版だといえる。
松下政経塾は、非二世議員の人材供給源として、政界、財界に塾生を送り込んでいる。

まさに、リベラル派もいるが、ほとんどがファナティックな市場原理主義の親米保守派だ。(…)
神奈川県知事の松沢は小泉純一郎とともに郵政民営化論(PHP)を創刊している。
「堀江にせメール事件」で民主党を自然消滅寸前にまで追い込んだ前原も郵政民営化研究会のメンバーだった。(…)

松下政経塾とは、その母体になったMRAとは一体何なのか?

今後も日本の政変に重大な役割をはたしていくであろうこの集団の真の目的はいまだ判然としない。しかし、その母体となったMRA、その影で蠢く統一教会、ロックフェラー財閥とアメリカ政府の姿を目を凝らして見れば、おぼろげながらに、その危険な牙が見えてくる。

そして日本にネオリベを導入した中曽根は、MRAと統一教会に深く関わった。

今後の日本の政局の最大の焦点は、民主党内のネオコン寄りの分派が、民主党を懐柔し、「日本的なもの」をことごとく破壊する。

世界帝王D ロックフェラーに操られることが政治信条の民主党幹部は、やがて、日本の財産を、おのがために、ユダヤに気前よく手渡す。

類は類を呼ぶ!

統一教会、創価学会はともに、ゴイム支配のための、ゴイム向けタルムードでしかない。
カルトの時代、理性は死に絶え、ただ、操られるだけが人生の可哀想な人形が増えている。
コー日米欧経済人円卓会議のコーディネーターを勤めているのも藤田幸久という民主党議員だ。この男の経歴は、戦後日本のMRAと社会党右派→民社党→民主党の蜜月を象徴している。
民社党は労使協調の第2組合をバックボーンに持つ政党であり、まさにMRAの申し子だった。統一教会は、自民党と組み、MRAは民社党と組んだ。

MRAが巨大な影響力を及ぼしている日本の政治勢力はもうひとつある。

松下政経塾出身のネオリベ(新自由主義)/ネオコン政治家たちだ。

松下政経塾は、松下電気の創業者 松下幸之助が1980年に湘南、茅ヶ崎に私財70億を投入して設立した塾で、次世代のリーダーとしての政治家、経営者の目標としている。設立にあたっては、吉田松陰の松下村塾をイメージしたとも言う。
塾は全寮制で、毎年22~35までの男女を公募、年間一期わずか30人を厳選し、政治、経営リーダーの卵として、三年間訓練する。
松下政経塾の原点は、共産主義から自分の企業を守るにはどうしたらいいかを真剣に考えた松下幸之助が、アーノルド トインビーにその研究委託をしたところ、ロックフェラー系の研究機関の指南、報告を受けて、MRAに加わるようになったことにある。その設立の動機には、創価学会と公明党を自由に操る友人、池田大作(ソンテチャク)への憧れもあったと言われる。

松下政経塾の講師陣は、PHP総合研究所の研究者が勤めていると推定される。
PHPは松下政経塾と姉妹関係にあるシンクタンクで、出版事業が業績の9割以上をしめており、右翼論誌(Voice)やビジネス書を中心に、「お水教」の教祖 江本勝の「水からの伝言」などのオカルト、似非科学系の出版物も多数出している。
MRA日本協会理事だった山本こういちも「もっと自分をすきになる」などという胡散臭い本を出している。

PHPとは「peace and happiness through prosperity=物心両面の繁栄になり、平和と幸福を実現していく。」というコンセプトを持っている。

松下は、このPHP理念でもって、企業と激しく対立する共産主義の組合活動家を押さえ、その中から、民主社会主義協会=民主党、友愛クラブ、JC中立労連が生まれ、日本の労使協調、反共労働運動の流れがスタートした。
岸は韓国のカルト宗教 統一教会、アジア人民反共連盟(APACC)などの右翼組織やCIAのフロント組織をバックアップし、日本郷友連盟や祖国防衛同士会などの極右団体の顧問も勤めた。MRAはそうした右翼組織の一つだった。岸が右翼の大物 笹川良一やフィクサー児玉とともに統一教会の別組織である国際勝共連合の生みの親であることはよく知られている。統一教会は軍事政権下の韓国の中央情報局(KCIA)が直接組織した団体だったがその教祖 文鮮明は、実はMRAを参考にして統一教会を作ったと言われる。統一教会、勝共連合は、実は、MRAの鬼っ子だったのである。
統一教会が軍事政権や自民党右派などの排他的右翼政治勢力と組んだのに対し、MRAは民族融和を優先し、財界人と結びついた点に大きな違いがあった。年に一回、コーで開かれるMRAの日米欧経済人円卓会議は、経団連の土光や奥田が代表を勤めている。経団連はMRAの別動隊であるとさえする見方がある。
戦後日本の政治家の中で、MRAの影響を最も強く受けたのは、後に民社党(現在の民主党)に連なる社会党右派だった。

60年安保当時、東京のMRAハウスは既に、自民党、社会党議員の交流の場になっていた。
日本社会党右派→民社党と移り、内閣総理大臣も勤めた片山哲も、戦後すぐにコーのMRA本部に詣でた一人だった。片山は当時、ろくな収入もなかったが、MRAに飛行機代をだしてもらい、三井財閥の三井高雄ら一向とともに、仲良くコーで開かれたMRA世界大会に夫婦で出席して「MRAの起動部隊を日本に派遣されたい」などとおべんちゃらを言った。

共産党の宮本賢治の妻でプロレタリアートサッカーの宮本百合子は「再武装するのは何か」と題された文章の中で、そんな片山とMRAの胡散臭さを痛烈に批判している。しかも片山はもともとクリスチャンであり、キリスト教的人権思想と社会民主主義の融合=キリスト教社会主義を実践した人物だった。弁護士時代は、YMCAの寄宿舎を借りて事務所を構えていたくらいだからMRAとは、相性がよかったのかも知れない。

元首相で、民主党議員の羽田孜と民主党創設者の鳩山由紀夫は、前述の尾崎行雄の娘、相馬とともに、97年のコーのMRA国際会議に参加してスピーチを披露している。羽田は尾崎行雄記念財団副会長も勤めているが、どうも尾崎行雄というのは、日本のNRA需要者の中で、重要な名前であるらしい。