異常な天気の移ろいの中で、早くも梅雨入りしたとのニュースを聞きながら、「仕事は中止です。」とのアナウンスを耳にして、愕然とする。酷い話だ。
ここにきて5日たつがまだ3日しか働いていない。寮費ばかりが嵩み、赤字続きの作業員が、今にも倒れそうな勢いで部屋に帰っていく。哀れなものだ。
夕方晴れたので町を歩いた。
ドブ臭い町の匂いは、不衛生さと不健全さを示している。
安いきらびやかな服を身につけた人間が闊歩する街並みには、慌ただしさしかない。
飲み屋で蒸せるタバコの煙のなかでガヤガヤ喚いている様は、キチガイじみている。
汚い、汚いこのドヤガイが、若い日は天国だった。
飲んで働いて、グダを巻いて喧嘩をして、…「おい、町行くサラリーマン、どうだ馬鹿野郎、これが俺だ、汚れの俺の人生だ。」と粋がって歩いた町、

以前は、左翼思想にかぶれ、無政府主義に憧れ、思想性はともかく、単純に「自民党を潰せ」と思っていたが、15年経って、夢目前にして、自分の愚かさに気付いている。
大正区は、落ちた人が存在を押し隠す隠れ家でしかない。
落伍者が、互いのスネの傷をなめあって生きているだけの、時間を浪費する場所でしかないのだ。
食い尽くされて、ただ、目的すら喪失し、再起すらできない人が集まる隠れ家でしかないのだ。
若い日は体力もあった。時間もあった。
しかしながら、50を前にして、何もない自分のような人間にとっては、隠れ家でしかない。あるいは、鍵のない刑務所といってもいいのかも知れない。
二度と会うもんかと決めた親兄弟と連絡をとるようになって、償う方法さえ持たない僕は、仕事休みの飯場の中で怯えている。
「明日は仕事か、?」飯後の計画ボードに自分の名前があるかどうかに怯えているのだ。朝鮮人の町、大正区のとある飯場で、ただそれだけに怯えているのだ。
元職人のプライドなんかない。ただ、仕事があることを願っているのだ。
カーカーとカラスが鳴いた。

在日に乗っ取られたテレビとマスコミ、特に関西の番組は露骨だ。
大正区の町を歩きながら、湯浅が言った一言が思い浮かぶ、「日本は寄せ場(ドヤ、飯場)化している。

経験から言うと、それは、無秩序化、暴力支配がまかり通る無政府状態になるということ、
テレビで情報収集する人たちにはイメージできない世界、

日本中、大正区になった日には、狂人が好き勝手をするということ、
あなたも、わたしのような境遇の中で悶え苦しむのだ。