関岡英之氏の司法改革に対する見解を著書より引用します。
「奪われる日本」
関岡英之著、講談社現代新書(141~144)

(事前調整型から事後調整型社会へ)
司法制度改革に関する立法措置はあらかた終わっており、既に実施段階に入っている。例えば外国系法律事務所は日本人弁護士を雇うことができないという規則があったが、05年4月から施工された改正外国弁護士法で撤廃された。06年は法科大学院の第一期生が卒業する。日本人弁護士のたまごたちがやがて米国系法律事務所に大量採用され、出稼ぎにやってきた海千山千の米国人弁護士の采配のもと、足軽として日本企業に襲いかかってくる。米国流の訴訟爆発が遠からずこの国をせっかんし、世にもすさんだ米国型社会が到来するであろう。
司法改革審議会が01年に発表した最終意見書のなかに、二十一世紀の日本の「国のかたち」について言及している部分がある。そこでは日本を「事前調整型」の社会から「事後調整型」の社会に変えるべきだと提言されている。
事前調整型というのは根回しや行政指導などによってあらかじめ関係者が話し合って利害を調整し、未然に紛争の目を摘み取っておくという、まさに秩序や強調を重視する日本型社会のあり方だ。それは協調や共生の精神から育まれたえいちの賜物といってもよい。
一方、事後調整型とは行政による規則や業界の事前調整をいっさいなくして自由競争にまかせ、問題が起これば裁判で争って解決するというやり方で、これはまさに米国社会そのものだ。つまり司法制度改革審議会は、これまでの日本社会を否定して、米国型の社会に転換すべきだと提言しているのである。
しかし日本の国民は、本当にそんな社会を望んでいるのか。これからは、役所にお伺いをたてても、もう役所には事前に判断する権限はない。市場にゆだねよ、自由に行動せよ、トラブルが生じれば腕ききの弁護士を雇い、裁判所に訴えて訴訟せよ、ということになる。たとえ痛い目にあって役所に泣きついても、もう面倒は見てくれない。すべて自己責任というわけだ。