自分はばあちゃんっ子だ。
ばあちゃんっ子だと言うよりかはばあちゃんっ子だったと言う方が今は正しいのかもしれない。
自分の母方のばあちゃんは自分が母親のお腹に宿ってから生まれてくるまでに「女の子がいい」と何度も言ったことがあると母親から聞いた。しかし自分が産まれてからはそれが一変し自分が物心つく頃には2つ下の妹より可愛がられている気が子供ながらにわかった。
妹も妹で別に可愛がられていなかった訳でもなく、妹はどちらかと言うとじいちゃんに非常に可愛がられていた。
自分が幼稚園に通い始めてから夏休み等の長期休暇は基本ばあちゃんの家で過ごしていた。
じいちゃんは仕事で日中家にはおらず、一方でばあちゃんは夏休みの間にいろいろなところに連れて行ってくれた。ばあちゃんは車の免許を持っていないので移動はもっぱらバス。バスの中でも「あそこのデパートの中のご飯屋さんが美味しいんだよ。今度行こうね」「毎年春になると○○のお花が綺麗に咲くんだよ」「次降りるからボタン押しても良いよ」「暑いから途中で降りてアイスでも食べて噴水公園でも行くかい」「午前中は宿題やって頑張ったからゲームセンターでもいくかい」などとにかく幼少期の自分の心を掴むのが上手かった。
長期休暇が終わっても土曜日はじいちゃん・ばあちゃんの家に泊まりに行くことが多かった。別に親が嫌いだった訳でもないし、むしろ自分の両親は自分と妹に甘く愛情を存分に注がれているのだと今でも思うくらいだ。だが何故かばあちゃんの家は居心地が良かった。夏だと夜ご飯に素麺が出てきて、冬なら寄せ鍋が美味しかった記憶がある。夜になるとじいちゃん、ばあちゃん、そして自分の3人でエンタの神様を観てゲラゲラ笑っていた記憶がある。寝る時も寝室の数の関係ではあり、少し恥ずかしいのだが小学生6年生までばあちゃんの大きなベッドで一緒に寝たりした。じいちゃんはと言うとイビキがうるさいので2つあるうちの別の寝室でガーガーと寝ていた。
子どもの朝は早い。自分は日曜日は大体6時には起きていて仮面ライダーが始まるまでゲームをばあちゃんの家でするのだが、自分が6時に起きてしたのリビングに行くともうばあちゃんは起きていてSTVラジオを聴きながら新聞を読み耽っていた。この頃はずっとこの生活が続くのかなとさえ考えたことがなかった。当たり前の生活過ぎてこの生活がいつか無くなるなんて子どもだし思いもしなかった。
しかし、自分が高校1年生の秋じいちゃんが亡くなった。自分が中学生になって部活が本格的に忙しくなって中々ばあちゃんの家に泊まりに行けない日が多くなったがばあちゃんはばあちゃんでじいちゃんの車でいろいろなところに行き、その都度お土産を買ってきてくれてそれはそれで楽しそうだった。だがじいちゃんが亡くなってから何故かばあちゃんは小さくなってしまったと感じる。物理的にではなくどこか心にぽっかりと穴が空いたように。先ほども書いたがばあちゃんは車の免許を持っていない。自分の住む地域は圧倒的車社会なので車が無いとなると遠出するのは難しい。ばあちゃんは家に篭もりがちになりそれに伴い病気がちになった。ばあちゃんは少し変わってしまったのだ。
しかし、この生活にも変化が起きた。自分が高校を卒業と同時にようやく車の免許を取った。別の記事でも書いたが札幌の大学に通っていて地元までは車で3時間かかったので頻繁に会える訳でもなかったが3連休などで地元に帰った際には、ばあちゃんと2人で色々なところに行った。昔じいちゃんと行った場所、母親がまだ小さい頃住んでいた町、自分も記憶はないが自分が小さい頃に家族みんなで来た場所、とにかく色々なところに出向いた。その頃からまたばあちゃんは少し活気が出てきて頻繁にメールもするようになった。
しかし、この生活も長くなかった。自分が大学を卒業し、社会人になった。社会人生活は地元で送りたく、地元の企業に就職したのだが仕事柄平日は地元から車で2時間以上離れた場所での仕事が増えてまたばあちゃんとはあまり連絡も取らなくなってしまった。
社会人生活3年目、じいちゃんが亡くなってから9年が経ちもう思い出の中だけの人になってしまったが自分が大好きだったばあちゃんはまだいるし、まだまだ思い出を作ることもできるだろう。この文章力が不束な記事を書いていてまたばあちゃんに近々連絡してみようかと思った。
結局自分はばあちゃんっ子なのだ。