監督の葬儀が終わって一週間とちょっと。
いろいろ片づいては来たけど、自分はどうにも役には立たなかった。
奥さんは葬儀当日からみるみる痩せてしまって少し心配だ。
昔みたいに毎日仕事や学校終わってバイクに乗って集まって、ココのバイク屋の軒下で缶コーヒーで話し込んでた頃は様子も解るし気を回せたけど・・今は今のリズムがある。
スタッフも若い人が増えたし。
亡くなった当日や通夜の時は奥の部屋で顔見るまで亡くなった実感なども持てず外でさながらクラス会みたいだったけど、出棺の時や数日経ってみるともう居ないんだなってしみじみ感じてしまった。



ここは20代を過ごした場所。
高校の頃に学校でバイク禁止されてるのに停学承知で隠れて乗ってた故郷よりも自由に乗れるようになったココの時代の方が何だか懐かしい。
その後バブルと呼ばれる時代になってレース界もスポンサーが増えて賑わいはしたけど、もちろんそれは表層面の話で僕ら末端の製造業は膨れあがる部材費や地代に苦しんだ辛い時代だった。
「濡れ手に粟」で潤い舞い踊ったのは世の中の一部だけだと思う。
そのあたりを思い出すと懐かしいとばかりは言っていられないのだが(笑)

近年、中国製金型で成形された製品ですごく高品質なものを見かけて驚くことがある。(構造的にはダメダメ)
中国製もここまできたか、と不安になるが、それはバブル後、仕事が激減した個人経営の優秀な金型屋さんが日本から中国に活路を求めて大陸に渡り向こうでやった仕事だったりする。
中には低賃金で使い倒されてる例もあるという。
泣ける。

イタリア人は言う
「我々にはもうデザインしか売る物が無いんだ」
ここで言う「デザイン」とは「発想」や「センス」やそれを育んだ歴史を指している。
そしてそれを表すブランド・・この「ブランド」もブランド信仰的な対象物としての意味ではなく、その歴史と信用を表すしるしという意味での「ブランド」
これを大切に育て、売って行くことが大切なのだと訴えている。

では日本に残された「売る物」とは何か?
それは「量産品のクオリティ」だと思う。
農業も食品も全て含む「日本製品」の・・である。
量産技術の本場はイギリス発祥アメリカ展開の典型的分野で、今だ敵わない部分があるが安定供給はやはり「日本」だ。
量産てのは「モダンタイムス」で言われるネガティブ世界はある意味過去・・現代はその内容、クオリティからして誇りをもっていい仕事だと思う。
高根沢、亀山、豊田はいうに及ばず、それを支える小規模経営・・。
それらは上で言う「ブランド」なのだ、「MADE IN JAPAN」という名の。
量産を笑う者は量産に泣く。
それを理解しなければMADE IN JAPANは死ぬ。
今それがとても心配。
実質的部分で経済を支えているのだ。




何年か前に清里で何故か広島風お好み焼きを食べた。
味は・・微妙だった(笑)
(旧いフォルダから掘り起こし写真)


通夜の前に久しぶりに再会した連中はクルマのチューニングに凝ってるヤツも多かった。
といっても年も年なので一段落していて最後の作品(笑)をのんびり乗ってるみたいだがサーキット走行もやる。
4秒出すヤツもいてこれはヤラレタ!

(Wikiの資料写真より拝借)
R32-GT-R この時のシリーズはある意味世界標準への日本車の夜明けかも。
コレに乗る友人は10数年間累積でポルシェターボが買えるくらいつぎ込んだという(+0+)


(Wikiの資料写真より拝借)
R34-GT-R こちらに乗る友人はnismo純正コンプリートエンジン載せ替えでノーマルエンジンはnismoに預けておくシステムらしい。
やはりメンテ費用は目玉が飛び出るほどかかるらしい(+0+)


このあたりになると話聞いてるだけで気が遠くなってとてもマネできない(笑)
まあボーイズレーサーでもなんでも走る方法論はいろいろあっていい。
走るのはやはり楽しいな(^-^)

それから、「反省する必要の無い人間」なんてこの世に存在しないと思う。



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