老人ホーム開所一周年の記念行事へ。
一周年記念日はもう過ぎてるんだけど、やや遅れての開催となった。
イベントといってもささやかなものだけど、家族会だけでなく地元の中学校の課外授業の一環なのかな?中学生も集まってなかなか賑やかだった。

ほんとささやかな身内の行事だけど、餅つきをやったり豚汁やバーベキューとかお好み焼き、流しそうめんもやった。

餅つきなんて親父が元気な頃やってたけど、それ以降は無かったな。
あとは機械で簡単に済ませてたけど、近年ではそれも無くなった。
懐かしいな。

肝心の老人たちは「これは何をするの?」てな感じだけど(笑)
老人用の餅はあんころ餅もみんなやたら小さく丸めてたのが印象的だった(^-^)
もう大豆やそら豆くらい(笑)食べてる間はずっと見てるね。
こんにゃくゼリーもそうだけど、やり方しだいで安全に食べられるはずだよね。
その他にも側で見ているだけの自分には分からない色んなノウハウがあるみたいだ。
介助のやり方も、手の出し方一つにもハッとすることが多々ある。


室内でも出し物が用意されていて、プログラムは「手品」と「大正琴」(^-^)
手品はやはりかなりご高齢な方だけど有志のボランティアで各老人ホームを周ってるのだそうだ。
でもこの手品が面白くて(失礼)ご本人もそろそろ入所か?な感じのお爺ちゃん?(失礼)なんだけど、衣装もキメて仕掛けはホント本格的!
そしてポール・モーリア・グランドオーケストラのBGMに乗せて軽快に、ステッキをポロッとかしながら、構わず進行する。

空っぽのはずの袋から箱が次々と出てくるネタでは最初に「タネも仕掛けもございません!」と言いながら袋の中を見せるんだけど、折り畳まれた箱丸見え!
「爺ちゃん見えてるよ!」とのみんなの心の叫びも届かず爺ちゃん構わず続行。スムーズに箱を取り出せずに袋に両手突っ込んで組み立ててから「ハイッ」と得意げに箱を見せる!
客席のばあちゃんたち無言!
超シュール!
短いステッキが一瞬でスカーフに変わるネタでは、ステッキの両端を押すとステッキ本体がスプリング状にシュルンと巻き取られて中にあるスカーフに変わったように見える仕掛けなんだけど、巻き取られたスプリングが上手く手の中に隠れなくて指の間からビローンとはみ出してるんだけど構わずポケットにねじ込んで得意げにスカーフを振る。
バンド演奏中でも、この何があっても平気で笑っていられる図々しさ、こういうの必要かもね!(←?)

ばあちゃんたちフルタイム無言。
でも手品のアイテム数はかなり多く、全部覚えるのはかなり大変なはず。
新聞紙に水を入れるネタなんか完璧。
全編にわたって踊りながら楽しそう。これだね。

次は大正琴。
先生らしき比較的若い女性とその生徒さんという感じの構成で3人編成。
近年定年リタイヤされて教室に通い始めたという男性と同年代の女性。
男性が曲によりピアニカとハモニカを加える。
MCは主に男性が担当していて「えー、私たちは各ホームを周って演奏させていただいております、本日は・・・」という感じのMC。
家族会と中学生の「なげーよ」の心の叫びを察知した先生が「では、始めましょうか」と言って演奏が始まる。
カウントは「サン、ハイ!」。
先生が「あ、○○さんゆっくり行きましょう、では、サン、ハイ・・」とTAKE・Ⅱでスタート。
手に汗握るスリリングな展開だ。
曲目は「荒城の月」や「富士山」など。
大正琴は12弦ギターみたいに2本づつのペア弦を鍵盤のキーで押さえて2本同時にピッキングする。独特なサウンド、心地よい。
使っていたのはSUZUKIというメーカーのエレクトリック大正琴で、アンプもSUZUKIだった。
ガットギターのSUZUKIと同一かな?
後半男性がハモニカを吹いた。
ハモニカはもう長くやっているらしく、あのバッキングとメロディを同時にやる技を完璧にやっていた。
もう一人の女性ももう長く習ってるらしく、ソロ部分も長く取って、かなり流暢だ。
曲数も多く、演奏終わって大汗を拭きながらの生徒さん二人の満足げな表情に、一本取られたかな、と思った。
知ってる曲はばあちゃんたちもけっこう歌ってた。


会が終わって後かたづけしてから職員さんたちと打ち合わせした。
今は徘徊が落ち着いてるが、そのとたんホームに行く回数が減ってるのは反省材料なのだが脱走が落ち着いてるのはありがたいことだ。

年末もう一度実家に行くが、近所のお年寄りに「帰って来た時にちょっと寄っとくれ」と言われている。
母より少し年上のはずだが、まだ全然しっかりしている。
用件は分からないが、おそらく母の徘徊がひどい時期の話ではないかと思う。
数年続いたけど、ひどかったのは今年の5月から8月くらいかな、落ち着いて安定した、、と思うとまた脱走して読めず、かなりノイローゼ気味になったけど警察から保護の知らせが来る前、どこでどうしていたかは分からないわけで近所に相当な迷惑を掛けていた可能性は高い。
そういう事は忘れてはならない。
手を離れてる間の事なのでもう確認すら出来ないのだが、だからと言って「知らない」というわけにはいかぬ。
目に見えた事以外に色んな出来事がいっぱいあったのだ。
でももう時間が経ってしまってどうすることも出来ないとしても、少なくとも判る事は自覚し記憶に留める必要はあるのではないか。
世間体なんてとっくに無い。
お説教されるのか励まされるのかはまだ不明だが、年末、覚悟決めて行って来ようと思う。

その辺の確認をしてから帰路についた。
節約のため下道だ。
途中岳南鉄道の終点駅「岳南江尾」に立ち寄った。

電車の事はほとんど分からないけど501と記された機関車いい感じ。
貨車が連結していて現役みたいだ。


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