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下の「六本木POB」をアップしたのは11月13日(木)19時01分です(^-^)早いです。
(聞かれたので)
さて、コメント欄にも書きましたが、六本木キャバーン・アマチュアデーLIVEおこしいただきました皆様、ありがとうございました! (←修正)
次回は「ジョンレノンミュージアム、けやき広場」です。
明細はまた別途アップしますね!(^-^)
J-160-Eにフィッシュマンのアコースティック用のピックアップを付けて使っていたけど、ジャックをビルトインせずに使っていたので今回エンドピン部分に仕込むことにした。

下穴をあけてからφ12の本穴をあけるわけだが、一応問題なくあけたけど、細かいこと言うと納得できないあき方になっちゃった。

コードをハンダ付け。
久しぶりにやったらあまり美しくできなかった。
付き自体はしっかり付けた。

ボタン電池LR44を2個入れて本体装着して完成。
ハンダのノイズは無いみたい。
これでコードがブラブラせず使いやすくなった(^-^)
穴あけが気に入らなかったのは座面に僅かに角度が付いてしまったこと。
不注意だった。
ドリルはしっかり使えるつもりだったのにどうにも悔しい。ダメだな。
もう20年以上前だけど前に勤めてた会社はレーシングカーを作る会社で、3Kの現場仕事だった。
カーボンファイバーとアルミハニカムのボディにドリルをあてるのは慎重な作業で、お菓子のウエハースのように軽いのに金属のような剛性を持つカーボン・コンポジットは集中応力にはめっぽう弱くパフパフだ。
あらかじめ鋳込んだ小さなアルミブロックに慎重に下穴をあける。
ドリルはかなり極めたつもりだったのに悔しい。
あの頃は鈴鹿サーキット日帰り出張とかよくやったな。(^_^;)
よく身体が持ったな。
戦っていたのは全日本耐久選手権、いわゆる「Cカー」。
弱小チームだったけどね(^^;)
担当はカーボンパーツ。人権無視の3Kハードスケジュール。健康被害。
「好きだから」「勝ちたい」だけがモチベーションの元。薄給。
9割完成した部品が上の指示ミスでボツなんて日常茶飯事。
そんなの慣れっこだ。指示ミスはスジを通せば皆納得する。かなりひどい指示ミスも黙って受け入れる。勝ちたいから。
でも手の込んだ偽りの説明をされるとメンバーは皆その場でぶち切れる。
そしてそれは暗黙のルールとなっていく。
「勝つために」多くの人間が動くという事はそういうものだ。
だからこそ身体のムリもきく。
「レースはビジネスである」という建前のもと、実際に人を動かしているのは「好きだから」というメンタリティなのだ。
労働基準から大きく外れた勤務体系でやってたけど我々が勝つ事は結局無かった。
この頃、ガレージで徹夜体制の深夜、「FM横浜」から突然流れてきた曲に身体が固まった。
「何だこのビートルズみたいな曲は!?!?シタール?」
曲紹介に耳を傾けると、「お届けしました曲はジョージ・ハリスン、新曲で『FAB』でした!」だと!
「え~?!ジョージ?隠遁生活終わったの?」と驚いた。
いや、「セットオンユー」を先に聴いていたかも・・。映画作りとかはこの後かな?
音楽聴く機会も減っていたあの頃、久しぶりに一人ですごく盛り上がったよ、この時!(^-^)
でもそれを分かち合うような音楽友達は居なかった。
・・87年頃なんだな。
懐かしいな。
ドリルからいろいろ思い出しちゃった(^-^)
///////////////車の話↓///////////////////////////
80年代当時、日本のカーボン・コンポジット技術は欧米に大きく遅れをとっていて、フルカーボンモノコックは国産にはまだ存在しなかった。
グラチャンは年落ちのF3000の改造だったし、そのF3000もイギリスのマーチ、ローラ、レイナードのカスタマー仕様。
ワークスのCカーもマーチやローラに発注、国内では数社がアルミパネルとのハイブリット・モノコックを製造していた。
ワークスチームは日産、トヨタ、マツダ、そこにカスタマーのポルシェ962Cが絡む。
我々弱小はその後ろだ。
エンジンは3S-G改2.1ツインターボ。市販用とは共通部品は多分一つもない。ブロックも違う。
毎年T社から2機、木箱で送られてくる。
3シーズン目に「ワークス落ち」が回ってきた時は木箱からジュラルミンに変わった(笑)
その年のキャンギャルだった娘はその後有名なタレントになって今も活躍してるみたい。
M社に納めたカーボンパーツを装着したマシンはその後「ル・マン」で優勝したようだ。
懐かしいな(^-^)
今年「もてぎ」に見に行ったGT選手権でもまだ弱小チーム走ってたな(^-^)
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下の「六本木POB」をアップしたのは11月13日(木)19時01分です(^-^)早いです。
(聞かれたので)
さて、コメント欄にも書きましたが、六本木キャバーン・アマチュアデーLIVEおこしいただきました皆様、ありがとうございました! (←修正)
次回は「ジョンレノンミュージアム、けやき広場」です。
明細はまた別途アップしますね!(^-^)
J-160-Eにフィッシュマンのアコースティック用のピックアップを付けて使っていたけど、ジャックをビルトインせずに使っていたので今回エンドピン部分に仕込むことにした。

下穴をあけてからφ12の本穴をあけるわけだが、一応問題なくあけたけど、細かいこと言うと納得できないあき方になっちゃった。

コードをハンダ付け。
久しぶりにやったらあまり美しくできなかった。
付き自体はしっかり付けた。

ボタン電池LR44を2個入れて本体装着して完成。
ハンダのノイズは無いみたい。
これでコードがブラブラせず使いやすくなった(^-^)
穴あけが気に入らなかったのは座面に僅かに角度が付いてしまったこと。
不注意だった。
ドリルはしっかり使えるつもりだったのにどうにも悔しい。ダメだな。
もう20年以上前だけど前に勤めてた会社はレーシングカーを作る会社で、3Kの現場仕事だった。
カーボンファイバーとアルミハニカムのボディにドリルをあてるのは慎重な作業で、お菓子のウエハースのように軽いのに金属のような剛性を持つカーボン・コンポジットは集中応力にはめっぽう弱くパフパフだ。
あらかじめ鋳込んだ小さなアルミブロックに慎重に下穴をあける。
ドリルはかなり極めたつもりだったのに悔しい。
あの頃は鈴鹿サーキット日帰り出張とかよくやったな。(^_^;)
よく身体が持ったな。
戦っていたのは全日本耐久選手権、いわゆる「Cカー」。
弱小チームだったけどね(^^;)
担当はカーボンパーツ。人権無視の3Kハードスケジュール。健康被害。
「好きだから」「勝ちたい」だけがモチベーションの元。薄給。
9割完成した部品が上の指示ミスでボツなんて日常茶飯事。
そんなの慣れっこだ。指示ミスはスジを通せば皆納得する。かなりひどい指示ミスも黙って受け入れる。勝ちたいから。
でも手の込んだ偽りの説明をされるとメンバーは皆その場でぶち切れる。
そしてそれは暗黙のルールとなっていく。
「勝つために」多くの人間が動くという事はそういうものだ。
だからこそ身体のムリもきく。
「レースはビジネスである」という建前のもと、実際に人を動かしているのは「好きだから」というメンタリティなのだ。
労働基準から大きく外れた勤務体系でやってたけど我々が勝つ事は結局無かった。
この頃、ガレージで徹夜体制の深夜、「FM横浜」から突然流れてきた曲に身体が固まった。
「何だこのビートルズみたいな曲は!?!?シタール?」
曲紹介に耳を傾けると、「お届けしました曲はジョージ・ハリスン、新曲で『FAB』でした!」だと!
「え~?!ジョージ?隠遁生活終わったの?」と驚いた。
いや、「セットオンユー」を先に聴いていたかも・・。映画作りとかはこの後かな?
音楽聴く機会も減っていたあの頃、久しぶりに一人ですごく盛り上がったよ、この時!(^-^)
でもそれを分かち合うような音楽友達は居なかった。
・・87年頃なんだな。
懐かしいな。
ドリルからいろいろ思い出しちゃった(^-^)
///////////////車の話↓///////////////////////////
80年代当時、日本のカーボン・コンポジット技術は欧米に大きく遅れをとっていて、フルカーボンモノコックは国産にはまだ存在しなかった。
グラチャンは年落ちのF3000の改造だったし、そのF3000もイギリスのマーチ、ローラ、レイナードのカスタマー仕様。
ワークスのCカーもマーチやローラに発注、国内では数社がアルミパネルとのハイブリット・モノコックを製造していた。
ワークスチームは日産、トヨタ、マツダ、そこにカスタマーのポルシェ962Cが絡む。
我々弱小はその後ろだ。
エンジンは3S-G改2.1ツインターボ。市販用とは共通部品は多分一つもない。ブロックも違う。
毎年T社から2機、木箱で送られてくる。
3シーズン目に「ワークス落ち」が回ってきた時は木箱からジュラルミンに変わった(笑)
その年のキャンギャルだった娘はその後有名なタレントになって今も活躍してるみたい。
M社に納めたカーボンパーツを装着したマシンはその後「ル・マン」で優勝したようだ。
懐かしいな(^-^)
今年「もてぎ」に見に行ったGT選手権でもまだ弱小チーム走ってたな(^-^)
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