主張しておかなければならない事を何とか「自分の事として」書こうとして何パターンも書いてアップまでしてみたが、解るように書くとどうしても相手のやった事にも触れなければならなくなる。
何かの批判をしたいのではなくて自分の事、とりわけでたらめ言われてる事を正そうと思って慎重に書いても、相手の事に触れるとそちらが主に見えちゃう。
どうソフィスケートしても批判に見えてしまうのでは?・・と思えて結局アップしてすぐに消してしまった。

思いつくまま書くしかないかな。

どう思われてもいいやと諦めるのと、悪意の数名(!)の所行を放置するのか否かは悩む。
でも僕はホーチミン並みにしつこいよ。何とか主義者じゃないけど。

いぢわる古ダヌキにネタ提供した事は誰をも幸せにしなかった。これは同意だよな?歴史だ。

広げちまった結果見えたもの、それは魔女狩りで犬になるタイプと、まずは魔女の存在そのものを確かめようとするタイプ、その初動の明解な差だった。
尊敬できる人はいる。

満身創痍のフラフラでも「考え」は変わらなかった。瀕死ボロボロで黄色い花畑見えても変わらない。
黒いものを白いとは言えない。

医者は再開していたパキシルの使用を慌てて止め、残量を回収した。
「しないよっ!」と突っ込んでおいたが若い女医さんとは核心ハズしの漫才会話になった。
するかよ!

「自分の中で昇華したからもういいのだ」という驚異の論理が通用する国は地上に存在しないだろう。(驚異の言い分だったよ)
でも「そういう性分なんだよ」と相方が言うなら「しょうがねえな」と納得したかもな。
しかし、用済みの案件が課題を残していても放置。ケアする必要はないのだ、という論理が通用する国は地上に存在しないだろう。
でも「そういう性分なんだよ」と相方が言うなら「しょうがねえな」と納得したかもな、ローカルルールなら。

伝えるタイミングとか感情を抑えるとか表現を吟味するとか「こうすれば良かった」はいっぱいあるけど、問題の本質に向き合ってきたか? 表層のコロモを取り除いても主張を差し替えずにいられるか?
と問われれば、僕は当時から主張も姿勢も何も変えていない。