このタイトル、ずっと前にどこかで見た時、北○武監督の映画の題名か、そのキャッチフレーズだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
元は何でもいいのだけど、初めて目にした時、このタイトルが一つの言葉としてすごく引っかかった。
どこで見たかも分からなくなっちゃったけど、このフレーズが自分の中の特定の気持ちの状態とか、記憶のあちこちにある想いにすごく符合して心に居座った。
いつもそんなのばかりだったかも。今はとにかく笑わなくちゃ、て事はよくある。
アルツハイマーの母親と会話するのは楽しいモノではない。
言い方はいろいろだろうが現実そうなのだ。
ずっと別々に暮らしてきたし、姉や妹のように女同士での話題も無い。
結局は子供の頃の話を繰り返しすることになったりするが、こんな事も覚えてないのか・・と愕然としたり、良い記憶も悪い記憶もみんな消えてしまうのか、とひどくネガティブな気分になったりする。
夜、眠れない時、子供の頃に親に対して持っていた不満を子供のエゴそのままにいくつも思い出してしまう事がある。
いろいろ考えているうち朝になったりする。
それは他愛ないワガママみたいな話から、大人になった今考えても児童の教育上避けたい接し方・・までいろいろだが、最後にたどり着くのはそんな事をいつまでも記憶に留めてる自分のメンタリティーへの自己嫌悪だ。
アルツハイマーの親との繰り返し会話の中で、話の行き掛かり上そんな部分に触れることもある。
すると急にそれに対する後悔の念を具体的に語り出したりする事がある。
こういう事柄って全て忘却の彼方にうやむやになってしまうのだな、と思っていたが、ずっと同じ事を気にしていたのかもしれない。
自分でイヤだと思いつつも今もたまに甦る「不満の記憶」については「そういう事ならもういいじゃないか」と思えたりした。今更のように。
どれくらい覚えているのか分からないし、繰り返し続く会話のループ・・自分自身態度を作ることが上手くできないし、これでいいのかな?と思う。
「あの時はもう少し考えればよかったよ」
「それはもういいから」
こういう事が時間の狭間に埋もれてしまうことを諦めてしまっていたのは多分双方がもう少し若い頃じゃないかな。
少なくとも今、親として自分の中にある「後ろめたさ」を自分を騙してまで「無かった事」にすることはしなかった。
となれば・・自分の側はどうか? 少なくとも良い息子では無かったのは明らかだ。
長男のくせに家に居ないし。いろいろ。
その後ろめたさを「無かった事」にできるか?といえば、自分もそれは出来ない、夜中に思い出すし、いつまでも記憶に留めてるのはこれも同じ。
ただ忘却の彼方に消えてしまうなら、もう何やっても同じではないのか・・?という逃げの発想はあったかも。
だから「向こう」が細い糸の先に繋がるような記憶を留めているのなら、こんな反応が返ってくるなら・・逃げずにその前提で接するしかあるまい、やはりね。
今だからできる会話なのかもしれない。
でも劣化した磁気テープに途切れとぎれに残る音声信号のような記憶はこの会話と本当にリンクしているのか?という不安は常に消えない。
すれ違う会話に頑なな態度、こちらが耐えられず何度も怒ってしまったり。
でも今は「泣きたい気持ち」も「不安」も親や家族に悟らせないのが大事なわけだな、たとえカラ元気でも。

元は何でもいいのだけど、初めて目にした時、このタイトルが一つの言葉としてすごく引っかかった。
どこで見たかも分からなくなっちゃったけど、このフレーズが自分の中の特定の気持ちの状態とか、記憶のあちこちにある想いにすごく符合して心に居座った。
いつもそんなのばかりだったかも。今はとにかく笑わなくちゃ、て事はよくある。
アルツハイマーの母親と会話するのは楽しいモノではない。
言い方はいろいろだろうが現実そうなのだ。
ずっと別々に暮らしてきたし、姉や妹のように女同士での話題も無い。
結局は子供の頃の話を繰り返しすることになったりするが、こんな事も覚えてないのか・・と愕然としたり、良い記憶も悪い記憶もみんな消えてしまうのか、とひどくネガティブな気分になったりする。
夜、眠れない時、子供の頃に親に対して持っていた不満を子供のエゴそのままにいくつも思い出してしまう事がある。
いろいろ考えているうち朝になったりする。
それは他愛ないワガママみたいな話から、大人になった今考えても児童の教育上避けたい接し方・・までいろいろだが、最後にたどり着くのはそんな事をいつまでも記憶に留めてる自分のメンタリティーへの自己嫌悪だ。
アルツハイマーの親との繰り返し会話の中で、話の行き掛かり上そんな部分に触れることもある。
すると急にそれに対する後悔の念を具体的に語り出したりする事がある。
こういう事柄って全て忘却の彼方にうやむやになってしまうのだな、と思っていたが、ずっと同じ事を気にしていたのかもしれない。
自分でイヤだと思いつつも今もたまに甦る「不満の記憶」については「そういう事ならもういいじゃないか」と思えたりした。今更のように。
どれくらい覚えているのか分からないし、繰り返し続く会話のループ・・自分自身態度を作ることが上手くできないし、これでいいのかな?と思う。
「あの時はもう少し考えればよかったよ」
「それはもういいから」
こういう事が時間の狭間に埋もれてしまうことを諦めてしまっていたのは多分双方がもう少し若い頃じゃないかな。
少なくとも今、親として自分の中にある「後ろめたさ」を自分を騙してまで「無かった事」にすることはしなかった。
となれば・・自分の側はどうか? 少なくとも良い息子では無かったのは明らかだ。
長男のくせに家に居ないし。いろいろ。
その後ろめたさを「無かった事」にできるか?といえば、自分もそれは出来ない、夜中に思い出すし、いつまでも記憶に留めてるのはこれも同じ。
ただ忘却の彼方に消えてしまうなら、もう何やっても同じではないのか・・?という逃げの発想はあったかも。
だから「向こう」が細い糸の先に繋がるような記憶を留めているのなら、こんな反応が返ってくるなら・・逃げずにその前提で接するしかあるまい、やはりね。
今だからできる会話なのかもしれない。
でも劣化した磁気テープに途切れとぎれに残る音声信号のような記憶はこの会話と本当にリンクしているのか?という不安は常に消えない。
すれ違う会話に頑なな態度、こちらが耐えられず何度も怒ってしまったり。
でも今は「泣きたい気持ち」も「不安」も親や家族に悟らせないのが大事なわけだな、たとえカラ元気でも。
