紀伊国屋「ほんのまくらフェア」13~18

本の出だしの文章=「まくら」と呼びます。

有名なものならたくさんある。

「国境のトンネルを抜けると~」…by『雪国』川端康成

「ゆく河の流れは絶えずして~」…by『方丈記 』鴨長明

「メロスは激怒した」by『走れメロス』太宰治

「桜の樹の下には~」by『桜の樹の下には』 梶井 基次郎

「スプリットタンって~」・・・by『蛇とピアス』金原ひとみ


このフェアは、単行本に、冒頭の一文の『まくら』のみ印刷したカバーをつけてビニールで封印。

オリジナルカバーに載っているそれぞれの「まくら」に何を感じ取ったのでしょうか?

それはもう本当に研ぎ澄まされた感覚のみで、きっと不思議な本との出会いが待っていたはずです。

題名も作者も中身もわからない斬新な試みが大反響を呼び、1ヶ月半の期間中、売り上げは目標の約30倍に!


Book紹介案内担当:Arika




★ほんのまくら…13

 今のところまだ何でもない彼は何もしていない。
 何もしていないことをしているという言いまわしを除いて何もしていない。


虚人たち (中公文庫)虚人たち (中公文庫)
(1998/02)
筒井 康隆

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同時に、しかも別々に誘拐された美貌の妻と娘の悲鳴がはるかに聞こえる。自らが小説の登場人物であることを意識しつつ、主人公は必死の捜索に出るが…。小説形式からのその恐ろしいまでの“自由”に、現実の制約は蒼ざめ、読者さえも立ちすくむ前人未踏の話題作。泉鏡花賞受賞。
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Arikaアイコン(小)1 「小説の"お約束"を
全て放棄してしまうと言う破天荒な実験作―。」

過激な創作を続ける小説家筒井康隆が純文学の世界に殴り込みをかけたこの作品。しかも、メタ・フィクションというわかりにくい文学をエンターテイメントにまで高めていることに驚愕する。主人公の意識と文章がリンクしていることを読者に明示させるために、主人公が気を失うと白紙ページがつづくという、テキスト上のレトリックを駆使して、極端に振り切ったメタ・フィクションを演出している。しかもだ、主人公の意識に合わせて1分間=原稿用紙1枚というペースで描写しているから意識がない間はページが真っ白!「ふざけるな」と怒り出す人もいるはずだ(笑)。この設定でいくと大抵は途中で失速するものだが筒井氏の類まれな文章力は見事なもので、不穏な世界は存在の虚無と不安が見事に表現されており、モノクロームのトーンの中で筒井氏の緻密かつ豊富な語彙によって最後まで枯れる事なく描かれている。高校生の頃がピークで、最近は本当に筒井氏の小説を読まなくなってしまっているのだが、過去作を色々と読んでみたい気分になった。結構難解なので、はっきり言って筒井作品初心者には絶対にお勧めできません(笑)。でも筒井毒者にはたまらない逸品でしょうね・・・。





★ほんのまくら…14

 慇懃なる読者よ、小生がここ諸君の前に捧げるのは、
 わが生涯の非常なる時期の記録である。
 書き振り次第によっては、
 それはただ単に興味深い記録にとどまることなく、
 可成りの程度、有益かつ教訓的なものになろうかと信じる。


阿片常用者の告白 (岩波文庫)阿片常用者の告白 (岩波文庫)
(2007/02/16)
ド・クインシー

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英国ロマン派屈指の散文家による自伝文学。幼少期の悲哀、放浪の青春から阿片常用の宿命の道程を描く。阿片の魅惑と幻想の牢獄を透徹した知性と感性の言語によって再構築した本書は、ボードレールはじめ多くの詩人や作家たちの美意識を方向づけた。新訳。

目次
第1部(読者へ;序の告白)
第2部(阿片の快楽;阿片の苦痛の序;阿片の苦痛)
『阿片常用者の告白』付録

出版社内容情報
これは作者(1785‐1859)の自叙伝である。幼少より才能を示した彼の学生生活、その後の家庭的不遇に基づく流浪生活、ロマンティックな愛、この流浪的生活の惨めさがやがてもたらした肉体的苦痛をまぎらすための阿片服用の習慣、阿片の愉悦、恐ろしい悪夢、どのようにしてこの習慣に打ち勝つにいたったかの経緯が、恐るべき迫力をもって記されている。
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Arikaアイコン(小)1 「アヘンが自由に飲める時代の話―。」
アヘン(麻薬)体験記としては、最も詳細かつ正確、そして客観的に、さらには文学的に描かれた作品である。アヘンと言っても、そんなに悪いばかりのものではない、という肯定的な事も書かれているが、悪夢や幻覚があるということも実体験として書かれている。特別面白い本ではないが、若い頃の貧窮のなかで知り合った女性を、アヘンを飲んで見た夢の中で再び会ったという下りなどは良かった。今ではアヘンはケシ栽培の時点から禁じられているが、昔は自由に服用でき、有名なシェリーとかディケンズも飲んでいたらしい…。私個人としては、前半のアヘンを飲んで学問していた頃より、後半のロンドンでの貧困生活で飢えに苦しんでいた青年期の頃の記憶が悲しげで情感があって好きです。話があちらこちらに飛んで読みにくいですが、読み飛ばさずにガマンして読まれることをオススメ致します。





★ほんのまくら…15

 「お爺さん、お爺さん。」
 「はぁ、私けえ。」


春昼(しゅんちゅう);春昼後刻(しゅんちゅうごこく) (岩波文庫)春昼(しゅんちゅう);春昼後刻(しゅんちゅうごこく) (岩波文庫)
(1987/04/16)
泉 鏡花

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夢の感応に結ばれた男と女の魂の行方は…。うららかな春の光のなかに夢と現実とが交錯しあう鏡花随一の傑作。

出版社内容情報
うとうとと夢でも見そうなのどかな春の昼さがり,散策の途次たちよった山寺で住職から明かされたのは,一瞬の出会いののち,不可思議な夢の契りに相結ばれた男女の物語だった.あくまで明るい春の光の中,夢は夢へと重なりあって,不気味な宿命の物語が展開する.鏡花随一の傑作との呼びごえ高い連作. (解説 川村二郎)
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Arikaアイコン(小)1 「春を舞台とする怪奇小説の最高の名品―。」
直接的に、お化けや妖怪が登場しないけれど、夢物語のごとき艶やかな不気味さで包み込んでいる作品。『しゅんちゅう・しゅんちゅうごこく』と読み、二作あわせて一つの物語に。この小説は、枠物語(語り手と聞き手の間で物語が展開される形式)なのですが、『春昼』は、語り手=「和尚」から、聞き手=「散策士」が、“一年前、寺に逗留していた「客人」が、「玉脇みを」なる美人の人妻に焦がれ死にした”という話を聞くというストーリー。そしてそれを受けて、『春昼後刻』では、「散策士」と「みを」が出会いますが・・・。全編を通して、怪奇ムードたっぷりの怖~いお話で、読んでいると、ドキドキするけど決して途中でやめられない中毒性があります。ただただ怖いだけじゃなく、「○△□」のトリック他、二作を結ぶ様々なキーワード(「幕」「油」「手巾」etc.)が駆使されて、鏡花ならではの奥行きのある小説に仕上がっていて魅力的です。怖い夢物語が好きな方におススメです。





★ほんのまくら…16

 夫を決める籤引きは、コウキョで行われることになっていた。


東京島 (新潮文庫)東京島 (新潮文庫)
(2010/04/24)
桐野 夏生

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清子は、暴風雨により、孤島に流れついた。夫との酔狂な世界一周クルーズの最中のこと。その後、日本の若者、謎めいた中国人が漂着する。三十一人、その全てが男だ。救出の見込みは依然なく、夫・隆も喪った。だが、たったひとりの女には違いない。求められ争われ、清子は女王の悦びに震える―。東京島と名づけられた小宇宙に産み落とされた、新たな創世紀。谷崎潤一郎賞受賞作。
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Arikaアイコン(小)1 「絶海の孤島に1人の中年女性と31人の男性たち。
舞台設定が読み始める前に興奮値をMAXにさせる―。」

絶海の孤島で、彼らのサバイバルと微妙に変わっていく力関係を島で唯一の女である清子を主人公として描かれている。1人の女性と多数の男性が無人島で暮らすという設定を聞いておもしろそうだと手に取った人は多いと思います。よくありがちな若くてきれいな女性をヒロインとするのでなく、40代後半に設定しているところが桐野夏生氏らしいところだ。戦後、1945年から50年、マリアナ群島・アナタハン島に漂着した、1人の女性と30人の男達。その共同生活の中で、男達は女をめぐって殺し合い、疑心暗鬼の中、次々と男は消え、最後は女を含む20人ほどが生き残ったという「アナタハン島事件」を、換骨奪胎した実話が元ネタだが、限りなく緊迫感がない、別の意味で恐ろしい不気味さだけが残った。作品は、章ごとに雑誌に連載されていたので、続く章毎に主となる人物の視点が切り替わり、正直な所、ストーリー性、人物設定、文体、世界観すべてが肌には合わなかった。作者の過去作の「エグさ」を知る身として「きっと何かあるはず」と期待を持ちたい希望で途中でやめられないのと最後はいったいどうオチつけるのか!?という一点だけが気になって完読。しかし、このラストはないでしょ!? 生き残るための極限状態の中、環境が人を変えるのか?、老いが人を変えるのか?、自らが変えるのか? 結局のところ、その軸がはっきりと伝わってこなかった。舞台設定やタイトルから漠然と期待していただけに、読み始める前の興奮値がMAXだったのは残念でした。





★ほんのまくら…17

 男やもめに蛆がわく......


わたしが棄てた女 (講談社文庫 え 1-4)わたしが棄てた女 (講談社文庫 え 1-4)
(1972/12/15)
遠藤 周作

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2度目のデイトの時、裏通りの連込旅館で体を奪われたミツは、その後その青年に誘われることもなかった。青年が他の女性に熱を上げ、いよいよ結婚が近づいた頃、ミツの体に変調が起こった。癩の症状である。……冷酷な運命に弄ばれながらも、崇高な愛に生きる無知な田舎娘の短い生涯を、斬新な手法で描く。
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Arikaアイコン(小)1 「人生は置かれた状況で決まるのではなく、
置かれた状況をどう捉え生きていくかで変わる―。」

たった1度の関係だけで、男性に尽くし、やがてぼろ雑巾のように棄てられるミツ。容姿も環境も恵まれないミツであるが、彼女は尋常ではないほどの「愛」の持ち主であった。別の本で遠藤周作氏が作品の中で好きな女性として、森田ミツを挙げていた。森田ミツは、愚鈍な田舎娘で決してきれいな女性ではない。むしろ、その愚鈍さを腹立たしくさえ感じてしまうほど。しかし、ハンセン病の疑いのため御殿場の病院に入院することになったとき、今までの暮らしに戻れなくなることへの辛さや病への恐怖を抱きつつも、置かれた状況の中でその仲間と苦悩を共にし、生きていこうという積極さに心が打たれた。人生は置かれた状況で決まるのではなく、置かれた状況をどう捉え生きていくかで変わっていくことを教えられる。キリスト教を敬愛する作者の作品の中でも最も無償の愛をテーマにストレートに浮き彫りにした作品。時代が変わり、社会が変わっても本書は人間の根本的な問題である「愛」を取り上げたものとして、ずっと読み継がれるべき書。





Arika報告書y0001おすすめ
★ほんのまくら…18

 およそ小説には始まりも終わりもない。


情事の終り (新潮文庫)情事の終り (新潮文庫)
(2014/04/28)
グレアム グリーン

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私たちの愛が尽きたとき、残ったのはあなただけでした。彼にも私にも、そうでした―。中年の作家ベンドリクスと高級官吏の妻サラァの激しい恋が、始めと終りのある“情事”へと変貌したとき、“あなた”は出現した。“あなた”はいったい何者なのか。そして、二人の運命は…。絶妙の手法と構成を駆使して、不可思議な愛のパラドクスを描き、カトリック信仰の本質に迫る著者の代表作。
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Arikaアイコン(小)1 「単なる恋愛小説、
不倫小説の域を超え、深い余韻を残します―。」

本作の舞台は、第2次世界大戦末期から戦後にかけてのロンドン、土砂降りの雨の中で偶然、、モーリス・ベンドリックスが、1年半ぶりにヘンリー・マイルズと出会うところから始まります。なぜ愛人はある日突然不倫関係を絶ったのか?、そのテーマがミステリー仕立てに巧妙に描かれており、それが関係者の心の奥底深く迫っていきます。幸せになれたかも知れない機会を逃した後に、人はどう現実と折り合いをつけるのか、グリーンは、そんな人間の情けなさと強さを優しく書くことが巧みな作家です。別れた後、数年を経てから相手の女の手記を読んだ男が、自分が愛されていたことを知り戸惑う、そこになんとも言えない悲しさを感じます。 G・グリーンは、よく御存じだと思いますが、英国では少数派のカトリック教徒です。宗教に疎い私には、これがどのような意味を持つのかは、はっきりとはわかりませんが、このことが、本作の意味合いと関係があるのは、確かみたいです。読後、単なる恋愛小説、不倫小説の域を超え、深い余韻を残します。翻訳はこなれていて非常に読みやすかったです。