重い話です。重い話が苦手な人は飛ばしてください。


現在、日本の障害者数は全国民の約5%ということだ。日本国民を1億3千万人として計算すると約650万人が障害者ということになる。


子供を産む時に誰もが願うこと。それは「5体満足で産まれてきて」という願い。だが、何%かの確立で障害を抱えて産まれてくる子供がいる。これは避けられない事だそうだ。どんなに母体がクリーンだったとしても同じ結果になるとのこと。

例えばダウン症は30歳で出産した場合、約1%がダウン症になる可能性がある。(年齢によって確立が変動する)


しかし、そのような姿で誕生した事をどう捉えるかは個々の問題。当人にとっても介護する側にとっても辛い日々だと思う。だが、「この子がいたから幸せでした・・・」という話を度々聞く。障害がある事や障害者が身近にいることをどう受け止めるかによって全く180度違った考え方を持つことができる。



そんな中、絶対に「幸せでした」とは言えない事がある。

公害や医療ミスによって障害や奇形を抱えて産まれてくる子供たちだ。


彼らには原因があるだけに自分の状況を受け入れる事ができない。成長するにつれ「どうして自分は・・・」と考えだす。原因が偶然じゃなく何かの要因があってのことだと知り怒りを覚える。だがその怒りは親にぶつけるしかない。親は謝るだけ。ひたすら謝るだけだ。




先日、サリドマイドのことについて軽く触れてる番組があった。

サリドマイドとは睡眠薬として販売された薬のことだ。


そのサリドマイドを妊娠中に使用した母親からは奇形で子供が産まれてくる。手が無い子供、指が変形した子供、片手だけ短い子供、耳が聞こえない子供・・・。

サリドマイドを輸入販売していた大日本製薬は利益だけを優先させ、奇形児の産まれる恐れを知っていながら3年もの間この薬を販売し続けたらしい。更に、このサリドマイドを配合した薬をつわり防止薬として妊婦に向けて販売している。バカとしか言いようが無い。


そして、1965年末に国と製薬会社を相手に被害者達は集団訴訟を起した。

その原告団の中には子供もいた。


一人の子供が法廷に立つ。その左手は不自然に曲がり、腕の機能を果たしていない。その子が涙を流しながらこう話した「ボクには見える目と、しゃべれる口と、聞こえる耳と・・・」気持ちが抑えられないのか体を激しく揺らす。涙声でなんと言っているのか続きが聞こえない。曲がった左手で叩くように何回も机の上をこする。

余りにもかわいそうで見ていられなかった。


どうして彼らが惨めな思いをしなければいけないのか。どうして彼らが泣かなければいけないのか。

曲がった体を人前にさらけ出すことだけでもどれだけ勇気のいることか。

どんなに叫んでも体も心も癒されないのだ。


それに対してバカな大人はしっかり謝ることすらできない。訴訟になって彼らが声を上げる前に土下座でもなんでもして誤ることぐらいできただろう。なんで子供を泣かすのか。





書けば少しはムカムカが取れるかと思ったが全然ダメだ。なのでここまでにしておきます。

これからはこんなことが無いことを願うばかり・・・。





※サリドマイドは現在でも癌やらい病の治療に使用されているそうです。当たり前だけど、睡眠薬としてや妊婦の治療には使えません。