家庭でも特養ホームでも「寝たきり老人」がまだ数十万もいる。このままだと、私たちもいずれその仲間入りを余儀なくされるだろう。「寝たきり老人」という言葉をめぐってこんな話がある。朝日新聞の大熊由紀子論説委員は、一九八五年、欧州に高齢者福祉問題の取材にでかけ、愕然とする。「寝たきり老人」という言葉が、いくら優秀な通訳を通してくり返しても理解されないのだ。そうした言葉がデンマークなどにはなかったからである。


そこで大熊は、日本の高齢者は「寝たきり老人」ではなく、介護の手がまわらず「寝かされ老人」にされてしまうことを発見する。高名な教授や医者から「デンマークでは寝たきり老人はどこかに隠されているのだ」などと猛烈な反発をくらいながら、大熊は「寝たきりは寝かせきり」というスローガンを執拗に書きまくり、会合やセミナーで話し、ついに厚生省にまでそれを認めさせた。


大熊はその後も、人間の尊厳を失わせる日本の高齢化社会の残酷さに警鐘を鳴らし、福祉先進諸国での見聞や国内の専門家の意見などをもとに、具体的な改善策を提案する社説を書き続けてきた。「高齢者の社会的入院」「ろくに効能も確認されぬまま病院に出回る無数の薬」「七兆円の薬剤費の矛盾」など医療問題に関する社説も多い。


大熊は一九九六年十一月、そうした社説七十本を集め『福祉が変わる 医療が変わる一日本を変えようとした七十の社説プラスa』(ぶどう社)にまとめている。これは日本の福祉・医療問題を具体的に、平明な文章で説いた、市民にとって「目からウロコ」の福祉・医療問題のテキストになっている。ここに転載したのは、その本に掲げられた一九八五年当時の日本とデンマーク両国の高齢者介護の比較である。大熊は、進歩の芽を育てるために、その後の日本の変化も記しているのだが、一九八五年当時のデンマークと現在の日本を比べてみても、依然として落差が大きいことは明らかだ。