僕のバイト先は本屋なのですが、

やはり新しい本が入るたびに、興味がそそられますね。

綾辻行人先生の「ANOTHER」は、読みたすぎるけど、

文庫になるのをただひたすら待ちたいと思います。

ブルータスの心臓は売れ行き好調ですねえ。



さて、本日は、



戯言遣いの小説レビュー

「御手洗潔の挨拶」

著:島田荘司 講談社文庫


ブログ始まって以来初の短編ものの紹介です。

だからといっていつもとやることは変わりませんが、

自分的には短編よりも長編が好きだったりします。

長編のほうが読んだときの充実感があるからです。

しかし、書く側にとっては、短編のほうが短い中でしっかりとした起承転結をつけなければならない分難しいものです。

だからこそ短編が面白い作者は腕が確かだとかなんとか。



御手洗は「ミタライ」と読みます。決して「オテアライ」とは読まないようにしてください。

きっと作中でも御手洗に言われることでしょう。

いやこの短編では言われなかったかな?

表札が立てかけてあったなら便所と間違えてしまうであろう名字ですね。

さらに名前もある意味マッチしています。

ちなみにこの「御手洗潔」が主人公で、探偵です。



著者である島田荘司は日本における本格推理小説の祖とされています。

自身が書くだけでなく、新人の推薦にも力を入れているだとか。

この「御手洗潔の挨拶」なんてその一部にしか過ぎず、

御手洗潔シリーズは、三十冊ほど出版されています。

その中で私は「占星術殺人事件」と「異邦の騎士」を読ませてもらいました。

前者は本格ミステリとして有名です。

そして金田一少年の事件簿でトリックが流用されたことでも有名です。

後者は決して本格ミステリではないです。ある意味純愛ものです。

とりあえずこの場ではかなり評価の高い本である、ということだけに留めておきます。

ネタばれはしたくないので。



さてそもそもこの御手洗潔という青年は、占星術による占いを職業としています。

そのかたわら探偵みたいなことをしているのだとか。

一言で言うと、

多分に変態でしょう。

最初に読んだときは、探偵のくせによく喋るやつだな、とか、慇懃無礼な野郎だ、と思いはしましたが、

そこはそこ、

謎を解くときの頭のキレは随一で、目の前にある謎をいとも簡単に解いていきます。

ちなみに助手的存在の石岡和己という人が語り部となって話を進めることが多いです。



ところで私はタイミングよく、今日コナン・ドイルの「シャーロックホームズの冒険」という本を読み始めましたが、

シャーロック・ホームズとワトソン。

御手洗潔と石岡和己。

……すごく似てました。

ホームズもよく喋るし、どちらかというと内向的だし、しかし集中すると半端ないし、と。

御手洗の方がより非社交的のようには感じますが。関係性はほぼ同じでしょう。

日本版ホームズですな。



この「御手洗潔の挨拶」は短編四つから成り立っています。

四つの内容を端的に表すと、

数字錠で密閉された部屋で起こった殺人、

数分前までいたはずの人間が、自分から死ににいった疑いあり、

数年前の謎の男との不可思議な出来事、

たこ焼き屋の屋台が消え、誘拐事件が起きる、その受け渡し方法は?

みたいな感じです。



まだあまり多くの著者の作品を読んだわけではないので他とは比べることはできませんが、

「占星術殺人事件」に比べるとトリックの質は物足りないように思えました。

もちろんそれは長編と短編の違いはあるのでしょうが、

驚きが薄く、また御手洗の奇特な発言もそこまで多くなく、

よく言えばシンプルにまとまってるのでしょうが、

悪くいえば味気ないものでした。

しかしながら切れ味抜群の推理は発揮されていて、御手洗らしさも随所には現れています。

なので読んで満足感は十分に得られる作品ではあるでしょうが、

島田荘司を最初に読むなら。この本は避けたほうがいいかもしれません。



ということで明日は「シャーロックホームズの冒険」のレビューになりそうですが、

とりあえずコナン・ドイルを堪能したいと思います。


本借りるのって、あんまり好きじゃないんですよね。

もしその本が良作やった場合、もう一度読むためには買わなきゃいけないわけじゃないですか。

じゃあ最初から買っとけよ、と思うわけです。

後、借りると「早く読まないと」っていう強迫観念に似たものを感じるじゃないですか。

あれが苦手なんですよね。



とそんな前フリから入る本日の本は、



戯言遣いの小説レビュー

「十津川警部 南紀・陽光の下の死者」

著:西村京太郎 小学館ノベルズ


バイトの店長が貸してくださりました。

紹介する本は借りたときは、借りたものとしっかり書くことにします。

誰に対して?

自分に対してです。



西村京太郎に一時期はまってるときがありました。

駅の売店なんかに行って著者の本を一冊ほど買って、電車の中で読む。

ささやかな楽しみでした。

そのささやかな楽しみがある程度続けられるほど、著者の本は出版されていたわけです。

なんか噂では400冊は超えているとか、

累計発行部数は2億冊を超えているとか、

ぱねえっす。



西村京太郎といえば警察小説です。

十津川警部が主人公のものがやはり最も有名なのでは、と思います。

出版社を超えていろんなところに出てるんじゃないかな、と確信は持てませんがそう思います。

ちなみによくサスペンス劇場で、十津川警部シリーズはやっているので、

興味があったら見ちゃってください。



警察小説は今最も栄えてるミステリーなんじゃないでしょうか。

名探偵がずばずば推理を披露していく、という時代は終わり、

警察という組織の中で生きる人間を描くというものが多い気がします。

警察は最も上下社会が顕著な会社とも言われているくらいですからね。



その警察小説の中で、著者は「トラベルミステリー」の第一人者です。

「トラベルミステリー」とは、列車や観光地を舞台とするミステリーですね。

道理で駅の売店に必ず売っていたわけです。

主に時刻表によるアリバイトリックなんかを多く書かれていた印象があるのですが、

何分昔のことなのではっきり覚えていないのが少し残念です。

しかし今回は六年ぶりぐらいの西村京太郎ということで、

どんな話を書く人だったかな、と楽しみに本を取りました。



東京池袋署の刑事、伊熊は上司からの指令で、地元である南紀白浜へ休暇を取るように言われたが、

そこで殺人事件に遭遇する。

調べていくうちに南紀白浜での殺人事件は、伊熊が東京で独断専行に走った事件と密接に関わっていることが判明した。

そして事件が広がりを見せ、十津川警部が登場する。



短く表すとこんな感じです。

さて感想を述べていきましょう。



えー正直な感想を言わせてもらうと、

ちょっと内容が薄かったというか、

謎も随分あっさりと解決してしまったというか。

謎解きと言うか、警察の捜査の仕方の模範を表したというか。

表で見えなかったことを角度を変えてみただけないのかな、というか。

トラベルミステリーというだけのトラベル感はたいしてなかったのでは、と思いました。



話自体はすごくテンポよく進んだんですよね。

十津川警部が登場するのは多少遅くても、その分伊熊刑事が個性を見せて頑張ってたんですが、

最終的になんか色んな登場人物ほっときすぎなんじゃんないかな、と。

それとも最近登場人物を大切にする本を読みすぎたからそう思うだけなんでしょうか。



期待感が強かった分、がっかり感が強いのでしょうか。

ちょっと時間があれば昔の西村京太郎読み返して見たいと思います。



西村京太郎といえば十津川警部、と思ってしまう僕は浅い野郎でしょうか?

ワールドカップの予選グループ決まりましたね。

オランダ、デンマーク、日本、カメルーン。

多分他の3グループは日本への一勝をベースに考えてるんでしょうね。

ドイツ大会のとき並に甘くないグループですが、是非是非頑張って欲しいものです。



さて本日は、


戯言遣いの小説レビュー



「白馬山荘殺人事件」

著:東野圭吾 光文社文庫



東野圭吾といえばいまや日本中の半分くらいが知っている作家さんではないでしょうか。

ベースとしては本格推理小説に身を置いてはいますが、

それを基盤として、人に感動を起こさせるものを書いたり、

あるいはコメディタッチなものを書いたりと、

その活動分野は幅広いものがあります。

また小説だけに留まらず、

最近では「さまよう刃」「名探偵の掟」などといった映画・ドラマ化。

他にもたぶん知らないところでめちゃめちゃ映像化されてるんでしょうね。



東野圭吾の魅力とはなんでしょうか。

先ほども言ったとおり、もちろん原点には推理小説というものがあるのでしょう。

しかし、東野圭吾の作品のウリはそこなのでしょうか。

僕はそうは思いません。

僕は東野圭吾の根底には現実を描くことを重視しているのではないかと思います。

感情の機微であったり、男の女の情事であったり、

そういった描写が決して多くはありませんが、丁寧に書かれています。

それこそが我々読者を強く物語に引き込ませる要因ではないか、と僕は考えます。



さてこの「白馬山荘殺人事件」は、

信州の白馬のペンションで行われる殺人事件です。

名前の通りですね。

女子大生ナオコは、一年前にそのペンションで自殺した兄の死に疑問を抱き、

親友のマコトとペンションを訪ねます。

そこには一年前と同じ常連客と、

各室に飾られたマザーグースの歌。

果たしてマザーグースの歌に秘められし謎とはなんなのか。

そしてペンションに隠された謎とは?



概要はこんな感じですね。

今回は暗号ものですね。

実は僕、暗号ものって記憶にある限り、あんまり読んだことがなくて、

暗号耐性ないところに、マザーグースのわけわからん歌が数個も出てきて、

なんじゃこれ、と頭を捻ること必死でした。

「マリア様はいつ帰るのか」

知るかよ、ボケナス。

帰りたいときに帰ったらええんでないの、なんて思ったり。

僕が探偵ならまあこの暗号解けてなかったでしょうね。



この小説まず最初の時点で、???ってなります。

ほんの些細なひっかりですが、必ずそうなると思います。

あるいは鋭い人は、なるほどな、と思うかもしれませんが、

なんでこんな子ネタ東野さん入れたんやろ、ってすぐなります。

後に多分このためかな、と思うところはありますが、自分自身あまり釈然とはしてません。



トリックはシンプルです。

ぶっちゃけ暗号の方に力入れすぎたんじゃないんですか、って感じで、

A+B=Cみたいな感じですね。

ただ宝探し的な雰囲気は随所に感じられて面白かったです。

またラスト一章ですべてが明らかになっていく過程が自分的にはツボでした。

この人は読者をほっときませんね。

読者にすべて納得して帰ってもらおうみたいな優しい書き方をします。

伏線回収マスターと名づけましょうか。

たぶんいらんでしょうな。



ただ一番唸りをあげたのは、エピソード2です。

これが東野さんらしさじゃないかな、と思わせる場面でした。

人をリアルに描き出す東野さん。



誰が殺したコック・ロビン「それは私」と雀が言った



読み終わった後の爽快感はあまりありませんでしたがが、充実感はあまりある内容です。

紐がするっと解けたときの満足感を是非味わって欲しいものです。



作中に数合わせ要員がいたことに笑いました。

まあけどいつだって犯人と探偵と被害者以外は数合わせですけど、