2019.3.11
人それぞれの想いをもって迎える3.11
岩手に田舎を持つ元木家の場合は、
陸前高田高校で教師をする従兄弟の息子と連絡が取れず、
従兄弟夫婦が矢も盾もたまらず探しに行ったところ、
親や家をなくした生徒達のため避難所で奔走し、自分の親への連絡を忘れていた息子がそこにいた。
また三陸に嫁いだ従姉妹の家は流され、消息不明になっていた従姉妹を探すためgoogle人探しに登録したところ、
「それはたぶんうちの兄の奥さんです」と連絡をくれ、無事がわかった。
もう諦めていた人を見つける喜びと
必ず生きていると信じた人を亡くす悲しみと
まさに紙一重の運命。
「地震」が「震災」という言葉に置き換わった。
ひどい、では足りない
悲しい、もはるかに超えた
ただ、チクショウ!と思った。
なんで!なんで?しか出なかった。
共に驚き悲しんだ父ももういない。
命を全うする準備にゆるやかに入った母は入院中。
わたしはどう生きるのか?
今年は三陸の海に行ってみようと思う。