中1の2学期冬休み迄通っていた中学校は給食だった。その時は給食の「ありがたみ」なんてこれっぽっちも無かったし、飯なんて何時でも腹いっぱい食べれた。
ある日父親が蒸発して会社を潰し、色々ぐちゃぐちゃになって引っ越しをした。そこの中学校が弁当の中学校だったんだ。
母親は昼と夜仕事掛け持ちして大変ながらも最初はお弁当を作ってくれた。
弁当箱は大工のドカベン使用、丸い三段重ね、ご飯、おかず、味噌汁の奴(笑)
引っ越し早々思春期ってのもあって恥ずかしかったけど、何故か冷食のナポリタンがびっしり入ってた事もあったけど…嬉しくて、美味しくて、毎日残さず食べた。
何時も夜中に帰り、朝も自分より早く出るから話す時間も無く、そのお弁当が母親との唯一のコンタクトだった。
だけどそれも長くは続かなかった。やっぱり母親は仕事が忙しすぎて弁当を作る事が出来なくなっていたんだよね。
それからは朝起きるとテーブルの上に、弁当の代わりに五百円とか千円が置いてあるようになった。
学校は神奈川県なんだけど少し田舎風な所で近くにコンビニが無かったのよ。学校とは真逆でしかも遠い。
なんだかんだ文句言いつつも別に母親を恨まなかった。流石に朝買いに行く事は出来なかったから昼飯の時間に抜け出して買いに行く様になった。
田舎風で地域臭の強い所だから弁当じゃない奴なんていなかった。だから俺がコンビニ袋下げてパンとか食べてたら、周りは「良いなー、コンビニ!パン!」とか言ってたよ。
「何が良いんだよ?何も知らないくせによ…」って何時も内心ムカついてた。
それでも飯が食えてたから良かったし、お小遣いなんて無かったから昼飯節約してお小遣いにした。
引っ越ししたばっかりだし中学生なりに友達との付き合いがあるしね。だけどやっぱりお金が無くて、友達がお菓子やジュースを買ってるのを「クソッ!クソッ!クソッ!」って悔しく見てたのはまた別の話。
また少し経つと今度は朝テーブルの上にお金すら無くなっていた。あーあ、と思いつつもその時はもうグレてたから、どうにかなるだろって楽観的だった。
さて昼休みだ…どうしたもんか。幸い家が近いから抜け出して家に帰り、卵掛けご飯とか食パンとか食べてた。
ヤバイ今日は家に何もない!って朝気付いた時は、友達に「あれ?飯食わないの?」って聞かれても(友達もまだ子供だしこの問いに悪気は無い)、「うん、今腹減ってないから」って誤魔化してた。
食べる飯も無ければお金も無いじゃ友達に気を遣わせると思った。
そんな食べたり食べなかったりが続いた。ある日何時もの様に食べる物が無く、友達と居るのも気まずいので校舎の中をぶらぶらしてた。
すると職員室の前で一人教師が話しかけてきた。「あー、ぶらぶらしてるの注意されるんだろうなーめんどくせー」と思っていたら、俺の状況を知っていたらしくこう言ってきた。
優しい口調で「〇〇〇〇、ご飯無いのか?お腹空いてるだろ、これ食べないか?」ってカップラーメンを出してきた。
心の中ではお腹空いてるし「ありがたいな…優しい先生だな」って思ったけど、口から出た言葉は違っていた。
「なんだテメーこの野郎!同情してんのか!?いらねーよクソ!馬鹿にすんじゃねー!」
若いからそういう優しさが恥ずかしくて、自分の状況が恥ずかしくて、突っ張っていた。
それを罵倒で拒否し振り返って走ったら涙が出ていた。
それから俺は昼過ぎから学校に行くようになったんだよね。
ほんとたまに母親が休みの時に「焼肉」に連れていってくれた。母親は好きなのを好きなだけ食べなって言ってくれた。いつもの俺に気を遣ってくれたんだろうね。
でも子供ながらに焼肉は高いって知っていたから肉は最小限にして、後はライスでお腹いっぱいにした。ウマいウマい言いながら食べた。美味しかった。母親も嬉しそうだった。
今では懐かしい話だし、こういう体験して育ってきて良かったって思ってる。
んで大人になってダウンタウンの浜ちゃんが歌ってる、作詞松ちゃんの「チキンライス」を初めて聞いたときは本気で泣いたよ。
その時たまたま母親と居て、隣で泣いてる俺を見て母親も泣いていた。気付いたら二人で号泣してた(笑)
お母さんは泣きながら「ごめんね」って言ってた
俺は泣きながら「美味しいお弁当ありがとうね」って言った。
ある日父親が蒸発して会社を潰し、色々ぐちゃぐちゃになって引っ越しをした。そこの中学校が弁当の中学校だったんだ。
母親は昼と夜仕事掛け持ちして大変ながらも最初はお弁当を作ってくれた。
弁当箱は大工のドカベン使用、丸い三段重ね、ご飯、おかず、味噌汁の奴(笑)
引っ越し早々思春期ってのもあって恥ずかしかったけど、何故か冷食のナポリタンがびっしり入ってた事もあったけど…嬉しくて、美味しくて、毎日残さず食べた。
何時も夜中に帰り、朝も自分より早く出るから話す時間も無く、そのお弁当が母親との唯一のコンタクトだった。
だけどそれも長くは続かなかった。やっぱり母親は仕事が忙しすぎて弁当を作る事が出来なくなっていたんだよね。
それからは朝起きるとテーブルの上に、弁当の代わりに五百円とか千円が置いてあるようになった。
学校は神奈川県なんだけど少し田舎風な所で近くにコンビニが無かったのよ。学校とは真逆でしかも遠い。
なんだかんだ文句言いつつも別に母親を恨まなかった。流石に朝買いに行く事は出来なかったから昼飯の時間に抜け出して買いに行く様になった。
田舎風で地域臭の強い所だから弁当じゃない奴なんていなかった。だから俺がコンビニ袋下げてパンとか食べてたら、周りは「良いなー、コンビニ!パン!」とか言ってたよ。
「何が良いんだよ?何も知らないくせによ…」って何時も内心ムカついてた。
それでも飯が食えてたから良かったし、お小遣いなんて無かったから昼飯節約してお小遣いにした。
引っ越ししたばっかりだし中学生なりに友達との付き合いがあるしね。だけどやっぱりお金が無くて、友達がお菓子やジュースを買ってるのを「クソッ!クソッ!クソッ!」って悔しく見てたのはまた別の話。
また少し経つと今度は朝テーブルの上にお金すら無くなっていた。あーあ、と思いつつもその時はもうグレてたから、どうにかなるだろって楽観的だった。
さて昼休みだ…どうしたもんか。幸い家が近いから抜け出して家に帰り、卵掛けご飯とか食パンとか食べてた。
ヤバイ今日は家に何もない!って朝気付いた時は、友達に「あれ?飯食わないの?」って聞かれても(友達もまだ子供だしこの問いに悪気は無い)、「うん、今腹減ってないから」って誤魔化してた。
食べる飯も無ければお金も無いじゃ友達に気を遣わせると思った。
そんな食べたり食べなかったりが続いた。ある日何時もの様に食べる物が無く、友達と居るのも気まずいので校舎の中をぶらぶらしてた。
すると職員室の前で一人教師が話しかけてきた。「あー、ぶらぶらしてるの注意されるんだろうなーめんどくせー」と思っていたら、俺の状況を知っていたらしくこう言ってきた。
優しい口調で「〇〇〇〇、ご飯無いのか?お腹空いてるだろ、これ食べないか?」ってカップラーメンを出してきた。
心の中ではお腹空いてるし「ありがたいな…優しい先生だな」って思ったけど、口から出た言葉は違っていた。
「なんだテメーこの野郎!同情してんのか!?いらねーよクソ!馬鹿にすんじゃねー!」
若いからそういう優しさが恥ずかしくて、自分の状況が恥ずかしくて、突っ張っていた。
それを罵倒で拒否し振り返って走ったら涙が出ていた。
それから俺は昼過ぎから学校に行くようになったんだよね。
ほんとたまに母親が休みの時に「焼肉」に連れていってくれた。母親は好きなのを好きなだけ食べなって言ってくれた。いつもの俺に気を遣ってくれたんだろうね。
でも子供ながらに焼肉は高いって知っていたから肉は最小限にして、後はライスでお腹いっぱいにした。ウマいウマい言いながら食べた。美味しかった。母親も嬉しそうだった。
今では懐かしい話だし、こういう体験して育ってきて良かったって思ってる。
んで大人になってダウンタウンの浜ちゃんが歌ってる、作詞松ちゃんの「チキンライス」を初めて聞いたときは本気で泣いたよ。
その時たまたま母親と居て、隣で泣いてる俺を見て母親も泣いていた。気付いたら二人で号泣してた(笑)
お母さんは泣きながら「ごめんね」って言ってた
俺は泣きながら「美味しいお弁当ありがとうね」って言った。