6.危機の2発目が

S の釣り竿から放たれた錘と糸がほとんど真横にぶっ飛んでくるとは思ってもいなかった。このとき釣り糸が僕のサングラスのツルに引っかかったのは嘘でも誇張でもない。僕が天国に一番近付いた瞬間だった。

「危なかったねぇ」

「あの位置からまさかこっちに錘が飛んでくるなんて予想もしないもんなぁ」

「もう一漕ぎしてたら俺にぶち当たってたかも」

ボートの上で僕らは口々に言い合った。

夏の太陽はあくまで高く明るく、海の上で若い4人が間一髪で惨劇を逃れたことなど知らぬげに輝いている。死をやり過ごしたユーフォリアに浸りながら僕らはボートを漕ぐ手にいっそう力をこめた。

それから数分。誰かが言った。『ちょっと待ってよ。俺たち沖に流されてるんじゃない?』

その言葉で我に返ってみると、僕らのボートは砂浜からすでに200メートルくらい離れている。扇形になっている遠浅の湾から出て、いままさに大海に漕ぎ出ようとしているところだった。



海辺の遊覧ボートと言っても大きさは遊園地のボートと変わらない。ボートのまわりの波は徐々に高く、船板をバチャバチャ叩く波の音も大きくなっていく。

浜に帰らないと。僕らは大慌てでボートの舳先を浜に向けると漕ぎに漕いだ。ところが1分漕いでも2分漕いでもボートから見える浜の人たちの大きさはほとんど変わらない。漕ぐ手を休めるとボートは明らかに沖のほうに流されてゆく。ボートがなにかの流れに乗っている。僕は心中、青くなった。[続く]