『苦難にある人を救い出し、金品に困っている人を援助するということでは、仁者も学ぶ点があり、信頼を裏切らず、約束にそむかないということでは、義人も見習う点があろう。ゆえに遊侠列伝第六十四を作る。』
史記,司馬遷

『苦難にある人に同情し、金品をみだりに求めることもなく、身の丈の幸せを喜び、名を知られることなく生きることを厭わない。彼らこそ社会の礎えである。千閣乃公園に集う人々の素顔は現代日本の縮図であろう。ゆえに千閣乃公園の人々/遊民列伝を作る。』

眠 香詩郎a.k.a70rock




1.儚さの予感

私がデモナイ君と出会ったのは去年の秋のことだっ た。

空はあくまで青く高く、純白の雲がうっすらと尾をひいて流れ、金風が 静かに静かに銀杏(いちょう)の樹を揺らしている。そんな秋の透明な1 日に私たちはめぐり合った。

金風というのは秋風のことです。五行思想では秋は金。秋の色は 白です。北原白秋という名前もここから来ている。

去年(こぞ)の秋。いま何処(いずこ)。


秋は寂しい。もの悲しい。ものの哀れがそこはかとなく知られる時だ。思えばデモナイ君との 出会いは最初から或る種の予感に満ちていた。人生の儚さをまたひとつ知る結果になりそうな予感に・・・。





その日、私は6段変速の自転車にのり、銀杏(ぎんなん)を拾いに千閣乃公園を訪れた。この公園にはあちこちに銀杏(いちょう)並木がある 。私とデモナイ君が出会ったのは銀杏(いちょう)の木のたもとだった。 そこで2人はひっそりと出会った。というか、知り合った。


デモナイ君は身長は175センチ前後。年齢は20代後半から30代前半。真面目そうな青年です。海外協力隊の隊員や信用金庫の窓口に多いタイプ だ。名前からして東南アジア系か?と思う人もいるでしょうが、れっきとした日本人です。あとで分かりますが流暢な日本語を操る。

デモナイ君は土日になると見慣れない楽器をもって千閣乃公園にあらわれる。この楽器を私は見たことがなかった。明らかに外国産です。チェロのように縦に持って弓で弦をギーコギーコしごいて音を出す。そういう楽器だ。

胡弓や三味線のように本体に音を共鳴させる箱がついている。バイオリンやチェロのように女体を象った流線型ではなく、ただの茶色い四角い箱です。小学生が木工で作るご家庭の郵便受けに似ている。



簡単に言えば、三味線のネックに郵便箱をくっつけて葉書も受け取れるようにしたハイブリッドな楽器だ。


ハイブリッドだからガソリンでも電気でも走れる。というのはもちろん冗談です。(続く)