(48)
12人の陪審員のうち、最初は5人がスペクター被告を無罪としていた。全員一致の評決を得るため、フィドラー判事は評議の途中でより詳細な説示を陪審員団に提示する。これはかなり異例な事態です。

新たな説示(再録):
「スペクター被告を有罪とするためには陪審員は以下を認めなければならない。『スペクター被告が銃を持ってラナ・クラークソンを死に至らしめる行為を行なった。たとえば;(1)銃を彼女の口の中に入れるか、あるいは彼女の口に入れるように強制し、そのまま銃が発射された。(2)銃を頭に突きつけるか向けるかして、その時に銃が口の中に入って発射された。(3)彼女が屋敷から出ないように銃を突きつけ、争いになって結果的に銃が彼女の口に入り発射された』」

読めば分かるように、かなりスペクター被告に不利な説示です。陪審員団が有罪の評決を出し易くなるように判事が誘導したと言えなくもない。にも関わらず、2人の陪審員が最後までスペクター被告を有罪とするのに反対した。銃に被告の指紋やDNAが無かったことが大きな理由でしょうね。

この点についてグーグルで検索してみると興味深い記事が見つかりました。犯罪捜査の専門家によると、銃から指紋やDNAが検出されるケースは僅か2~3割なんだそうです。銃の握りはギザギザの金属やテカテカの木が使われていて指紋が付きにくい。DNAは言わずもがな。発射した本人が負傷するかなんかしないと残るはずがない。その上、凶器の銃はなにかで拭かれていた。

とすると、事件現場に残されたリボルバーからスペクター被告の指紋やDNAが発見されなかったとしても、被告が撃っていないとは言い切れないことになる。



(49)

事件当日、スペクター被告はお抱え運転手のソーサに、『俺は誰か殺したようだ』と言っている。これは間接的な自白にみえた。

屋敷の入り口の部屋の椅子にはラナ・クラークソンが血に染まって倒れている。ラナの足元には凶器と思われる拳銃が落ちていた。スペクター の服には返り血がついている。

拳銃はスペクターの屋敷の箪笥の中から持ち出されたものだ。銃は何かで拭かれていて、銃身の溝の部分にだけ血が残っている。

被害者を殺したのはスペクター以外にない。事件は一件落着。警察は安易にそう思いこんだ。

まさかスペクター被告が金にあかせて豪華な弁護団を組織。無罪を主張 してくるとは思わなかった。ましてラナは自殺だったと主張するとは。



この事件は目撃者がいない。死人に口なしの典型的なケースだ。被告側はそれを存分に利用した。

初動捜査を怠った警察は、銃を拭いたのがスペクターだと断言できる証拠を見つけられず、公判では誰が拭いたのかという問題は争点にならなかった。検察側、弁護側の双方にとって得にならないからだ。。

裁判は無評決審理となり、スペクター被告は収監を免れた。ただ、最後の評決が有罪10対無罪2まで行ったという事実は重い。やり直し裁判はスペクター被告にとって厳しいものになりそうだ。

さて。

長いシリーズに今まで付き合ってくださった心の温かい読者の皆さん。 本当にありがとうございました。時折り寄せられるコメントにどんなに 励まされたか。思い出すだけで目頭が熱くなります。ここまで来れたのは、今こうして読んでくださっているあなたのお蔭です。

次の裁判に決着がつきそうになった頃、また連載を始めます。最後の判決をみたい。それは私も同じ気持ちです。また会う日まで。このシリーズはしばしのお別れです。読者の皆さん。本当にありがとうございました。