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2007年9月8日

ロサンゼルス最高裁では昨日、スペクター事件公判の検察側の最終陳述が行なわれた。検察側は事件を再現したアニメのビデオ映像を12人の陪審員に公開。9人の男性と3人の女性から成る陪審員は席から身を乗り出すようにしてこの再現ビデオを見守った。

アニメのスペクターは、頭は長髪のカーリーヘア。長めの白いジャケットを着、右手にリボルバーを握っている。目の前の椅子にはラナ・クラークソンが怯えた顔で座っている。

スペクターは彼女に近づくと口の中にリボルバーをねじ込んで発射する。銃撃のシーンはそれぞれ角度を変えた数箇所から再現された。

ラナ・クラークソンが自分の目で最後に見たであろうシーンも再現された。口に突っ込まれたリボルバーの弾装、引き金にかかったスペクターの指、その後ろに大写しになったスペクターの顔。

パトリック・ディクソン地方検事は陪審員に向かい、この再現ビデオは事件の証拠ではないが、スペクターが着ていたジャケットに被害者の血が付いていた理由を雄弁に物語るものだと語った。



しかし科学が味方だという弁護側は、もしスペクター被告が至近距離から引き金をひいたならもっと多くの血がジャケットに跳ね返ったはずだと主張している。

検察側の苦心のビデオが陪審員全員の心に届いたかは分からないが、少なくとも1人だけは納得して頷いているようにみえた。

ディクソン検事は2時間に及ぶ最終陳述を次のように締めくくった。



「屋敷で銃声がしてから数分後に外に出てきたスペクター被告は、駆けつけたお抱え運転手のソーサに『俺は誰か殺したようだ』と言いました。あらゆる証拠は彼女の死に対する責任はスペクター被告が負っていることを示しています。被告は誰かを殺したのではありません。彼はラナ・クラークソンを殺害したのです」

第2級殺人で起訴されたスペクターは、もし有罪なら懲役15年から終身刑までの刑が課されることになる。

フィドラー判事はこの日の公判の最後に、陪審員は来週月曜日に裁判所に集合するようにと申し渡した。



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2007年9月10日

本日月曜日、午前10時45分、フィドラー判事の説示を受けて、男性9人と女性3人から成る陪審員団は別室に籠もり、スペクター被告の第2級殺人の容疑について有罪・無罪の評決をくだすための評議に入った。

午後、陪審員団から凶器のリボルバーをよく見たいという要求があり、 問題の拳銃が評議の部屋に運びこまれた。しかし結論は持ち越され、明日、陪審員団は2日目の評議に入る。



ヘンリー・フォンダが主演した名作『12人の怒れる男』や、ポール ・ニューマンの『評決』という映画を見た人ならお分かりのように、ア メリカでは12人の陪審員が被告について有罪・無罪の評決を下し、この 評決に基づいて裁判長が最終的に判決を言い渡します。

多数決での評決を認めている州もあるようですが、アメリカの大半の州は全員一致の評決を求めていて、カリフォルニア州もこの立場です。

9月10日に始まった陪審員団の評議は、この後、全員一致の結論を見出せずに難航します。どんな展開をたどったか。次回は新聞記事からの抜粋で時系列的に要約してみましょう。



9月10日

スペクター被告の第2級殺人の容疑について有罪・無罪の評決を下すようフィドラー判事が説示。陪審員団は別室に籠もって評議に入る。

9月18日

陪審員団の評議は有罪7人対無罪5人で全員一致が得られず、暗礁に乗り上げる。陪審員団の議長がフィドラー判事に、これまで4回の投票を繰り返したが全員一致の評決に至らなかったと報告。さらに投票を繰り返しても誰かが自分の意見を変えるとは思えない、と判事に語る。

9月19日

フィドラー判事はスペクター被告の罪状をより軽いもの(故意でない殺人)に改め、これについて陪審員団の全員一致の評決を求めるのではないかとの観測が流れる。しかし判事はこれを否定する。

9月20日

全員一致の評決を得るため、フィドラー判事は説示の内容を変更する。

9月10日の説示:

「スペクター被告を第2級殺人の容疑で有罪とするためには、被告がラナ・クラークソンを死に至らしめる行為を行なったと認めねばならない。より詳細に言えば、スペクター被告が彼女に銃を突きつけ、被告の手に握られた銃が彼女の口の中に入れられ発射されたと認めなければならない」

新たな説示:

「スペクター被告を有罪とするためには陪審員は以下を認めなければならない。『スペクター被告が銃を持ってラナ・クラークソンを死に至らしめる行為を行なった。たとえば銃を彼女の口の中に入れるか、あるいは彼女の口に入れるように強制し、そのまま銃が発射された。または銃を頭に突きつけるか向けるかして、その時に銃が口の中に入って発射された。または彼女が屋敷から出ないように銃を突きつけ、争いになって結果的に銃が彼女の口に入り発射された』」

さらにフィドラー判事は次のように付け加えた。

「ここに例示したシナリオによって、このような行為があったと私は示唆しているわけではない。これらは法廷に持ち出された証拠から推論できることだが、陪審員にもそうするように求めているのではない。皆さんはこれらのシナリオを拒否することができる。これらは陪審員の皆さんが考えることのできる可能性にすぎない」

フィドラー判事の説示を受けて陪審員団はこの日の午後、別室での評議に戻る。



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9月24日


20日に再開された評議が続く。陪審員団の要求に応じ、公判に持ち出された証拠のビデオが評議の部屋に持ち込まれる。この中にはスペクターのお抱え運転手ソーサの証言もある。

9月28日

10日に始まった評議は足かけ3週、合計12日間、6回の投票というロングランの末に、結局は全員一致の評決に至らなかった。最後の投票は有罪10対無罪2だったという。

フィドラー判事の新しい説示の影響か、有罪7対無罪5が10対2まで変わったが、ついに全員一致の評決には至らなかった。陪審員団の議長からこの報告を受けてフィドラー判事は無評決審理の決定をくだした。

判事はスペクターの弁護団に対し、次の法的手続きについて協議するために10月3日に裁判所に出廷するように命じた。


上のような過程をたどってスペクター事件の公判は判決に至らずに終了。陪審員を入れ換えて再度の公判が行なわれることになりました。

その後、被告と検察側が司法取引するのではないかとの観測も流れますが、スペクター被告は無罪を譲らず。一方、次の公判では被告を有罪にできると自信を深める検察側も公判のやり直しを受け入れると宣言。

実質的に敗訴に等しい結果から、スペクター被告は新しい主弁護人の選任にかかります。

ここ数日の報道によれば、スペクター被告は新しい主弁護人を決定。このロサンゼルスの弁護士はやり直し裁判の準備に少なくとも数カ月はかかるため、公判の開始は来年9月にしてほしいと言っているそうです。

未評決審理になった理由は何だったのか。残念ながらアンチクライマックスに終わったこのシリーズ。次の裁判に向けての整理も兼ねて、次回は検察側と弁護側の主張の要点を手短かにまとめてみましょう。