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ラナ・クラークソン


オグデンだけではなく、検察側の証人の女性たちはみな売名行為が目的でここに来ている。弁護団はそう主張した。

反対尋問のために席を立ったブルース・カトラー弁護士は、体を揺すりながら証人席に近寄ると、「依頼人との間にあったことを証言しようと決めた理由は?」とオグデンに尋ねた。

オグデン
「女性が亡くなったからです。私と状況が似てると思ったので」

カトラー弁護士
「それはあなたの個人的な意見だ!!」
彼はオグデンを指さすと大声で怒鳴った。

検察側はカトラー弁護士の威嚇的な調子に異議を唱え、フィドラー判事はカトラー弁護士が声を張り上げて彼女を脅すように指さすたびに訓告を与えた。「カトラー君。私の法廷で大声をあげたり証人を指さすのはやめたまえ」

スペクターは女性を銃で脅す性癖がある。これは検察側が事件に対して描く重要な構図だ。被告は故意にラナ・クラークソンを殺してはいないが、危険な行為で結果的にラナを死に至らしめた。これは“暗黙の殺意”に当たると検察側は主張する。

以下は4人の女性証人のひとり、ドロシー・メルビンの証言の核心部分だ; 「彼は起き上がると、銃を持った手で私の頬をぶってこう言いました。“服を脱げって言ったろう”」

スペクターが彼女の電話に残した伝言も公開された。『いいか。言葉には気をつけろ。お前の人生をフイにしないようにな』

ほかの2人の女性証人もみな一様に、スペクターに銃で脅された過去を証言した。状況は似ている。スペクターは女を屈伏させるために銃を使っている。

次回はスペクターのお抱え運転手、ソーサの証言だ。



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スペクターのお抱え運転手、運命の夜を証言

4年前の運命の日、まだ暗い午前5時、フィル・スペクターは銃を手に屋敷から出てくると、「俺は誰か殺したようだ」と口走った。アドリアーノ・デ・ソーサはこの日、初めて公判でそう証言した。

この夜、銃撃の音が鳴り響く約2時間半ほど前、彼はスペクターとラナ・クラークソンを屋敷の前でおろした。そして午前5時、パンという銃声を聞いて彼は何事が起きたのかと慌てて車から出たが、わけが分からずそのまま車に戻った。
するとスペクターが屋敷から現われ、彼にこう言った。「俺は誰か殺したようだ」




驚いた彼が、「いったい何が起こったんです? 」と聞くと、スペクターは何も言わずに肩をすくめた。スペクターの背後で開いたままのドアの向こうに惨劇の現場が見えた。

「ラナ・クラークソンの足が見えました。部屋に入ると彼女は血だらけの顔で倒れていました」

ブラジル生れのデ・ソウサの英語にはなまりがあった。証言台で彼は何度も、英語は完全に理解できるのかと尋ねられたが、スペクターの言うことは完全に理解できる、なんの問題もないと彼は答えた。




ジャクソン検事は椅子にもたれて死んでいるラナ・クラークソンの遺体と顔をクローズアップした写真を陪審員に見せた。ラナの口は鮮血にそまっていた。




証言の続き:


「いったい何が起こったんです?」ソーサがスペクターに聞くと、彼は黙って肩をすくめたという。「私はどうしていいか分からず、その場から逃げようとしました。自分も撃たれると思ったので」 彼は走って逃げると車に飛び乗って門の外にでた。そして携帯電話でスペクターの秘書に電話をし、メッセージを残してから警察に電話した。

法廷で公開された警察の録音テープには、「自分の主人が誰か殺したようだ」というソーサの声が残されていた。

ソーサは警察に身柄を拘束されたあと、「あの屋敷には行きたくない。もう足を踏み入れたくない」と警官に訴えた。警官は「大丈夫。行かせないさ」と答えたという。

警察に電話する前にどうして秘書に電話したのかと聞かれたソーサは、「警察に電話するために屋敷の正確な住所を知りたかったからです」と答えた。屋敷の門を出ると住所を書いた表札が見えたので、秘書に電話した後すぐに警察に電話したと彼は証言した。

ソーサはブラジルからの移民でポルトガルなまりの英語を話す。弁護側はソーサ対する反対尋問で、依頼人スペクターの言葉をちゃんと理解できたか、英語の教育は受けたか、正規の移民かを執拗に尋ねた。


「あなたは夢を見るときは英語で見ますか? それともポルトガル語ですか?」弁護士はソーサに聞いた。弁護団は一貫してソーサの英語の能力に疑念を呈してきた。ソーサの証言の信頼性をぐらつかせようとする作戦だ。

ジャクソン検事はこの問いを不適切だとして異議を申し立てた。フィドラー判事はこれを制し、「君は夢を見るかね?」と直にソーサに聞いた。「見ます」とソーサが答えると、「で、夢を見るときはどっちの言葉で見るの? 片方、それとも両方かね?」重ねてソーサに聞いた。「ポルトガル語の時も英語の時もあります」とソーサ。

「家にいる時はどっちの言葉で話しますか?」ブランソン弁護士が聞くと、「ポルトガル語で」とソーサは答えた。




弁護士はソーサの移民資格についても質問した。労働ビザでなく就学ビザでアメリカに入国したソーサは本国送還の危機にあった。だが彼は検察側の重要証人であるため、検事局が移民局に掛け合って送還手続きを一時停止させていた。

「それで検察側に有利な証言をしているのでは?」弁護士に聞かれたソーサは、「いいえ。私がここに座っているのは正しいことをするためです」と答えた。

このあと検察側は、ソーサが公判で証言したからといって優遇措置を受けられるわけではないと法廷で言明。ソーサもこれに頷いた。