フィル・スペクターの殺人事件の全ての記事を読むには をクリックしてください。序~49回まで、全50回です。



(7)

プレスリーはマネージャーのパーカー大佐の催眠術にかかっている。
スペクターはそう信じていた。



フィル・スペクターはプレスリーの熱烈なファンで、作品のプロデュースもやっている。エルビスが空手をやっていたことはよく知られているが、東洋の武術の魅力をエルビスに教えたマイク・ストーンはもともとはスペクターのボディ・ガードだった。

スペクターはエルビスの作品を自由にプロデュースするために盛んにアタックするが、マネージャーのパーカー大佐に阻まれる。大佐がエルビスを支配する有り様を見たスペクターは、エルビスは催眠術にかけられていると信じていたという。実際にパーカー大佐は催眠術をかける力を持っていた。

エルビス。ビートルズ。ストーンズ。ラモーンズ。輝かしい交遊関係。

たったひとりで「ウォール・オブ・サウンド」を創造した男。
ロックの殿堂入りを果たした伝説のプロデューサー。

だがコインを裏返すと、そこには暗闇が広がっている。

父の自殺。姉も精神病院に入院したことがある。我が儘、偏執、孤独癖。

一方には若い頃からの輝かしい経歴。錚々たる交遊関係。
他方には銃の偏愛。分裂症を思わせる行動。ここ10年ほどの謎めいた私生活。

いかにもハリウッドが好みそうな人物だ。

事実、かってトム・クルーズの主演でスペクターの伝記映画を作ろうという企画があった。シナリオも出来ていたそうですがクランクインには至らなかった。今回の事件で再びスペクターの存在がクローズアップされたことから、レオナルド・ディカプリオ主演で伝記映画をという話が持ち上がっているらしい。


注:スペクターは1970年代に『レット・イット・ビー』をプロデュースしているが、ポールは当時からこのアルバムのオーバープロデュースに不快感を示 し、裁判まで起こしていた。

この件について、かってスペクターは友人にこう言ったという。「後でポールは ひどいことを言ってすまなかったと謝ってきたよ」と。(7)

スペクターによれば、彼がプロデュースしたレット・イット・ビーにポールがあんなに反対したのはジョンがとても気に入っていたからなのだそうだ。

だが事件後、ポールとリンゴは共同で声明を発表。スペクターのプロデュースを排し、ポールが当初に思い描いたレット・イット・ビーを出すという。

ジョン・レノンも最後にはスペクターを嫌っていたらしい。レコーディングの最中にスペクターが頭越しに発砲し、スタジオの天井に風穴をあけたのは有名な話だ。

事件の前、フランク・シナトラの命日の頃だが、スペクターはナンシー・シナトラとデートしていたらしい。彼の幸運もいつまで続くか。


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ラナ・クラークソンが出演したB級映画
バーバリアン・クイーンのポスター




以下は『フォーリン・スタッフ』による事件の夜のスペクターの行動の概要だ。

事件の数時間前、スペクターはラナ・クラークソンではない別の女性をエスコートして西ハリウッドのダン・タナ・クラブに現われた。物静かなディナーで、30ポンドの料金と300ポンドのチップを支払って店を出た。

セレブが集まるレストランとして有名なクラブの女性オーナー、ダン・タナは言う。「彼が気前がいいのはいつものことよ」 スペクターは店の常連で、入り口から遠い4番テーブルが彼の定席だったという。

その後に明らかになったところでは、スペクターと一緒の女性はビバリーヒルズのレストランのウェイトレスだった。ちょうど店で食事していたタレント・マネージャーのマーチン・デルカは言う。「店には2人で一緒に来た。デートみたいだったな。笑いながらお喋りしてた。静かな食事で口論なんかなかったよ」

2人はサラダを仲良く分け合って食べ、カクテルを飲み、女性のほうはフォルダーを取り出してスペクターに見せていたという。

店のオーナーのダン・タナが後でロサンゼルス・タイムズに語ったところによれば、スペクターは午前2時に店を出た。

そのあと、スペクターはサンセット・ストリップの高級ナイトクラブ『ハウス・オブ・ブルース』に姿を現わす。このクラブのVIPルームでラナ・クラークソンは働いていた。彼女のシフトが終わった午前2時半頃、彼女とスペクターはお抱え運転手が運転する黒のメルセデスS430に乗ってクラブを後にした。

ラナ・クラークソンが顔面を撃たれ、ロサンゼルス郊外にあるアルハンブラのスペクターの屋敷で遺体で見つかったのは、それから約2時間半後だ。警察は現場にいたスペクターを殺人の容疑で逮捕した。

警察による集中的な捜査のあと、事件翌日の火曜日遅く、フランスのピレニー城を真似て作った宏壮な屋敷はスペクターに返された。

捜査官は凶器と見られる拳銃やその他の証拠物件を押収したが、事件に至る経過はまだ不明だという。店を出た2時半からラナが遺体で見つかる5時頃までの間にいったい何が起こったのか。

警察発表によれば、事件の時に現場の屋敷の中にいたのはスペクターとラナだけだった。スペクターは月曜の夜には保釈金60万ポンドで釈放され、現在の居所は公表されていない。


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ラナ・クラークソンとフィル・スペクター

スペクター側からはクラークソン自殺説が流される。




ラナ・クラークソン殺人事件はやがて混迷の様相を見せ始める。最初は3月3日に罪状認否が行われるはずだったが、これが延期される。

この間、スペクターの側からはラナ・クラークソンの死は事故による自殺だったという情報が盛んに流される。これに対して当局は反駁する。以下はロサンゼルス郡保安官事務所のフランク・メリマンの声明だ:

『スペクターの屋敷で起こったラナ・クラークソンの銃撃は犯罪行為によるものと信じられる』

当局は一貫してラナ・クラークソン自殺説を斥ける。

これに対してスペクターの弁護士、ロバート・シャピロが初めて声明を出す:

『私は依頼人の無実を信じている。ロサンゼルス郡保安官事務所が証拠を徹底的かつ正確に捜査すれば、捜査官と検死官はフィル・スペクターがあらゆる点で無実であることを証明してくれると私は確信する』

当局からは捜査の長期化を示唆する内容の声明が出された:

メリマン保安官『証拠の複雑な性格と法医学試験に要する時間を考えると、捜査は夏まで長引く可能性がある』

事件からすでに1カ月以上も過ぎているのに、当局はまだスペクターを告訴もできないでいる。スペクターはまもなく無罪放免になるのではないかという報道がしきりだったが、保安官はこれに対しては反駁の姿勢を見せた。

事件は法廷に行く前から混沌とし始める。