サクラしかいない。

それがどういうことなのか出会い系サイトを利用した事が無い僕にはあまりぴんと来なかった。


『なんだそれ?サクラしか居ないって、、サクラしか居ないんだったら誰が得すんだ?』


思ったそのままを口にする。


『言い方がマズかったかな。うちはさ男も女も何万人何十万人と会員は居るんだよ。ちゃんと金払って出会いを探してる正規の会員。全国に沢山居んの。でもさ、、』


そこまで言うと吉原は再びビールを飲みはじめる。

とにかく核心を焦らしたがる男だ。


『でも何だよ?』


たまらず僕は先を急かす。

それを見て吉原は満足気な表情を浮かべ

そして再びゆっくりと喋り始める。


『信じられない話だけどさ、、うちの出会い系サイトは、誰も、誰とも出会えないようになってんだ。』


出会い系サイトなのに出会えない?なんだそれ?本末転倒もいいところだ。


『どういうことだ?』


なかなか内容を把握しきれない自分の鈍感さに苛立ちが募る。

よく聞けよと更に丁寧に吉原が説明しだす。


『つまり、うちのサイトは男の会員は女のサクラとしか繋がらなくて、女の会員は男のサクラとしか繋がらなくなってんだよ。』


『それだとどうなんだよ?』


『だから永久に誰とも会えないんだよ。分かるか?会えなかったらサイト通じてメールするしかないだろ?それにはまた金が掛かるだろ?沢山沢山メールさせればさせるほどこっちは儲かるってわけ。』


凄い話だ。だがまだ釈然としない。


『そんなに上手くいくもんかな?そもそも会えないのが分かってて金払ってメールするかよ?』


『そこが俺らの仕事なんだよ。会えそうな雰囲気を出してやるんだ。会えそうで会えない。でもこのままやり取りしてたら明日には会えるんじゃないか?じゃあもう一回金払ってでもメールしようって、そう思わせるんだよ。』


理屈はわかる、、理屈は分かるが…。


『お前テレクラとかで騙された事無いか?電話ですげー話が弾む女っていただろ?それこそ余計な延長料金を払わなきゃいけないくらいに話が弾む女。弾むというか本当は引き伸ばされてるってのが正しいんだけどな。』


なんだか耳が痛い話だ。


『そういう女に限って待ち合わせに来ない。チクショー今回は外れだった、今度こそとまたテレクラに足を運ぶ。そしてまた金をつぎ込んでしまう。出会い系サイトのサクラてのはそれをメールでやるんだよ。わかるか?』


吉原に対し頷きはしなかったが

経験があるだけにこれは納得できる説明だった。

納得は出来てきたがそれにつれ僕の頭には一つの大きな疑問が浮かび上がる。


『でもさ、テレクラは実際に会える事もあるだろ?この完全に会えないてのは大丈夫なのかよ?それって詐欺じゃねえの?金払ってるのに絶対に誰とも会えないなんて、、これ犯罪とかにはならないのかよ?』


言葉にしながら変な不安がこみ上げてくる。


『わからん。』


潔い程に無責任な回答だ。


『でも今までに出会い系サイトが摘発されたって話は聞かないしバイトが逮捕されたなんて話も聞いたことない。まあグレーゾーンである事は確かだけど。でも時給がいいから誰もそんな事気にしないよ。シフトも自由に組めるしさ。俺みたいにバンドやってる奴にはやっぱり都合がいいバイトなんだよな。』


ん?最後の一言が引っかかる。


『お前またバンド始めたの?』


そんな話知らなかったので正直驚いた。


『まあ、形になってからお前には伝えようと思ってたんだけど最近なんかいい感じなんだ。また本気になれるくらいにさ。』


吉原がまたバンドを始めたという事への驚きが大きく、バイトの事が一瞬頭から飛ぶ。

吉原は未だ夢を追いかけているのだ。


『やっぱり諦め切れなくてさ。目指せ武道館ってやつ』


そういって吉原は笑う。

その響きが懐かしくて

一瞬で色んな事が思い出されて

なんだか僕も笑えてきた。

険しい顔でしていたさっきまでの会話が嘘の様に

二人は顔を見合わせて笑った。


『でも冗談抜きでこれがけっこうROCKな感じで格好いいんだぜ。そうだ、今度ライブあるから遊びに来いよ。』


『いつだよ?空いてたら行きたいな。』


『丸空きのくせに何言ってんだよ』


そういってまた吉原は笑う。

そこから吉原と別れるまでバイトの話そっちのけで音楽の話で盛り上がった。

やる事があるってのは

夢があるってのは

正直羨ましい。

何年か疎遠にはなっていたが

俺は吉原が人間的に好きだ。

そして背が高く細身で鋭い顔つきをした吉原がベースを弾く姿が好きだ。

あの姿がまた見れるなんて。

自分のことの様になんだか嬉しく

自分も今のままじゃ駄目だと前を向く気にすらなれる。

この日吉原とした音楽の話は本当に楽しかった。

バイトに対する不安が消えたわけではなかったが

逮捕もされないのなら少しくらいヤバクても大丈夫だろうと楽観的な考えに落ち着いていた。

ビールのせいもあっただろうか。

人にはあまり言えない仕事のようだけど

それでも家でただ酒飲んで寝てるよりはマシ。

少々の不安があれどそれなりに頑張ってみよう。

次の日の朝が早いこともあって

珍しく帰りのコンビニでビールを購入せずに僕は家路についた。



しかしそんな甘い考えのせいで

この夏僕は地獄のような体験をする事になる。

このバイトはノリで始めていいようなPOPなものでは決して無く

どこまでもHEAVYで

精神が病んでしまいそうな

どこまでもどす黒いものだったのだ。