『辛気臭い顔で何喋ってんだよ』


助かった。

マキとの間に気まずい空気が流れる中に

ビールを持った吉原登場。


『別に。今はお互い静かに酒の味を楽しんでたんだよ。』


こんな安居酒屋で酒の味も何もあったもんじゃないが。

それにしてもいいタイミングで登場してくれたもんだ。


『吉原さん今日のライブ最高でした!私凄い感動しちゃいました!』


さっきまでの僕との暗い会話で、下を向いてボソボソと喋っていた姿からは想像できないくらいの明るく大きな声でマキが吉原に話しかける。


『ありがとな。また次も来てくれよ。それでお互い自己紹介は終わってるのか?』


吉原にそう言われてマキはまた下を向く。

先ほどの気まずさを思い出したのだろう。

それに吉原が気付かないよう僕は無理して明るく振舞う


『とっくに終わってるよ。いい雰囲気になりそうだったのにお前が邪魔しにきたんだよ』


そう言うと僕はマキに『そうだよね』と笑いかける。

マキは一瞬僕に対して申し訳なさそうな顔をした後


『そうですよー吉原さんのお邪魔虫ー!』


とおどけて見せた。


『なんだよそれ。今晩は俺がマキをお持ち帰りしようと思ってたのにさ。』


吉原も笑う。

ようやく本当に場が和み、そこからは3人で今夜の吉原のライブについて楽しく話をした。

酒を飲んで楽しく楽しく。

一ヶ月間黙々とサクラの仕事をしていただけの僕にはたまらなく楽しい時間だった。

メールしてただけの一ヶ月。

知らない人を騙してただけの一ヶ月。

騙して騙して騙して騙して

お金を搾り取れるだけ搾り取る。

毎日それの繰り返し。

望んで飛び込んだ状況だったが

サクラに全くの罪悪感が無くなったわけでは無く

いつか警察に捕まるんじゃないだろうか?という恐怖心などもあり

酒の力を借りなければ寝れない夜もあった。

そんな毎日から考えると今この時は夢のような時間。

乾杯後のマキとの会話で現実に引き戻されそうになったが

今夜はライブハウスで吉原のライブを見てから今まで本当に楽しい時間を過ごせている。

今現在吉原が目を輝かせながら話をしている、メジャーデビューが叶いそうだという話。

口に入れた枝豆が飛び出るほどに興奮しながら話すその姿に

腹を抱えて笑いながらも僕自身もワクワクした。

社会の最底辺で働ているはずの三人とは思えない程に明るく夢のある会話。

今夜はサクラの仕事の事を忘れ楽しめるだけ楽しもう

友の夢に興奮し成功を信じ

とことこん呑んで

とことん笑おう。

全てを忘れ

とことん

とことん。

そう思った矢先だった。


『そうだそうだ、忘れてた。お前に聞きたい事あったんだった。』


ニヤニヤしながら吉原がビールを注いでくる。

すでにかなり酔っ払っている吉原が注ぐビールは泡だらけ。

自分で注ぐよ、ヘタクソ!と笑いながらビールを奪い

聞きたいことって何だと尋ねる。


『いやー面白い噂を耳にしてさ。お前が担当した客が3人死んだってマジかよ?』


吉原の無神経さに一気に現実に引き戻される。
『みんな今日はお疲れ様。まあ、四の五の言わずに、とりあえずとことん呑みましょう!乾杯!』


吉原の音頭であちらこちらで乾杯が始まる。

30人くらいは居るだろうか。

居酒屋の座敷を借り切ってはいるものの完全にキャパオーバーで左右に座る人間同士肌が触れ合っている。

僕の両隣は共に女性だったので悪い気はしなかったが。

しかし、皆この時を待ちわびていたのか

乾杯と同時に『いきます!』と一気に酒を飲み干す人、それを見ながら『もう一杯いけ!お前もいけ!』とけしかける人、それを見て笑う人、笑いながらも取り合えずその場に居る全員と乾杯しようと所狭しと歩き回る人

今時珍しい体育会系のノリで部屋は驚くほどに騒々しくなった。

いわゆるドンチャン騒ぎ。

まあ、バンドの打ち上げってのはこういうもんだ。

今夜僕は吉原のライブを見に来て

誘われるがままに打ち上げにも参加していた。

ライブを見たら帰るつもりだったが

ライブ会場でビールを飲んで気持ちよくなってしまったのと

それよりも何よりも

吉原のライブが本当に素晴らしかったから。

ヤキモチを焼くほどに格好良かったから。

打ち上げに残ってその感動をきちんと吉原に伝えたかったのだ。

しかし激しい。

打ち上げの為にライブをしたんじゃないかってくらい皆ハチャメチャに盛り上がっている。

それは僕には懐かしい光景。

その日ライブでミスをして落ち込んでた奴も

チケットのノルマを達成できず自腹を切って凹んでた奴も

打ち上げが始まれば全てはチャラ。

ここからは呑んで呑んで呑みまくって

共演したバンドさんから『あいつらすげー面白かったな』なんて言われれば勝ちなのだ。

昔は僕もあんなだったな、なんて思いながら

今の僕は自分の席から動く事もせず

乾杯に周って来る人と、お互い自己紹介もせずただ乾杯をして

とにかく注がれたビールを黙って飲んでいた。

そりゃそうだ、僕は現在バンドマンでも何でもなくただのお客さんなのだから、頑張る必要はない。

でも、それはそれでなんだか寂しいものがあった。

ライブハウスでも感じた事なのだが

昔は自分もそっちに居たのに、そう思うとやっぱり今更ながら寂しさを感じる。

まあ、それだからってまた音楽をやろうなんて思う事は無いのだけれど。

所詮はただの無いものねだりだ。

そんな事を考えながら一人ビールを飲んでいると

僕と同じように座ったまま動く事をしなかった隣の女性に話しかけられる。


『ハセガワさんですよね?』


覚えの無いない女性からそう言われてドキッとする。

どこかで会った事があるのだろうか?

マジマジと顔を見直すがやはりわからない。


『あっ、私の事は知らないと思います。お話した事ないですし。でもハセガワさんはバイト仲間の間で噂の人ですから私は知ってるんです。』


バイト仲間。

という事はこの子もサクラか。

そう言われて、改めて周りを見渡してみると確かにバイト先で見かけた事がある顔が何人も居る。

皆、吉原に誘われたのだろう。

にしても今話しかけてきたこの子には少しも覚えが無い。

それに噂って何だ?気になる。


『私、深夜勤務なんです。ハセガワさんは朝からでしょ?だから完全にすれ違いなんです。』


そうですか。

完全にすれ違いですか。

いよいよおかしな話ですね。


『じゃあ何で僕の事知ってるの?えーと、、』


『マキです、三島マキ。マキって呼んで下さい。』


三島マキと名乗るその女の子は

二十歳前後の少しポッチャリした色白の女の子。

太っているのでは無くいい感じで肉がついているというのだろうか。

前髪をパツンと切って服装はパンキッシュ。

ライブハウスによく居そうな女の子だ。


『マキちゃんは何で僕の事知ってるの?勤務時間も被っていないのに。』


『だってハセガワさん有名ですよ。バイト開始一ヶ月で時給2000円を超える大型新人が現れたって、深夜のバイトの間でも凄い評判なんですよ。』


それか。

うちのバイト先では毎週時給が変動する。

メールの受信数や勤務時間数などのデーターを見てスタッフが毎週査定会議をするのだが、その査定会議が終わるとそれを廊下に張り出す。

皆、お互いの給料こそは分からないが時給はこれではっきりと分かるようになっている。

『アイツがあんなに貰ってるんだから俺も頑張ればいけるはずだ』

そう思わせるのが狙いだろうが僕はあまりこのシステムが好きじゃない。

現にこうして知らない人からも『時給2000円の男』として認識されてしまっている。

まあ、正確には2100円なのだが。


『たった一ヶ月でそこまで上り詰めた人は今まで居ないって社員さんの話を聞いて、どんな人なんだろうて興味がわいて、一回ハセガワさんが出社するの深夜組みんなで待ってた事があるんです。それで顔を知ってました。』


『ああ、、そうですか。姿見て期待はずれだっただろうね。ちなみに時給以外にも何か言われてる事あるかな?』


『あ、えーと、、それわ、、』


三島マキは答えにくそうに下を向く。


『いいよ、遠慮せずに言ってごらんよ。ほら、酒の席だし。』


そう言って乾杯という感じでグラスを軽く上げてみせる。


『私が言ってるわけじゃないんですよ、、』


そう前置きして、マキは甘そうなお酒を一口飲んでから話し出す。


『お客さんへの追い込みがきつすぎるって。受信数を増やすためなら何でもする人だって。』


うん、間違いじゃない。

さっちゃんの一件以来僕は変わった。

お客さんに対して何の感情もない僕は

とにかくメールを送らせて送らせて

可哀想だなんて思う事なんて一切無く

お金を搾り取るだけ搾り取っていた。

その結果が時給2100円だ。

そして2日前にこのバイトで初めて貰った給料は

49万6千2百円。

普通のバイトで貰える額では無い。

普通じゃないバイトで普通じゃない働きをして初めて貰える額。

それだけの事をしているのだからバイト先の人間から色々言われるのも仕方ないと理解している。


『あと、、』


再びマキが口を開く。


『ハセガワさんのせいで、ハセガワさんのやり方のせいで、、お客さんが本当に3人死んじゃったって、、』


3人が死んだ

嘘みたいな話だが

多分それも

間違いじゃない。
先ほど更新した回で僕的に第一部完です。

第一部というか

ここまでがプロローグのような。

ここからが物語の始まり。

出会い系サイトの闇に迫る本当の物語を

ようやくここから書いていこうと思います。

読んでくれている方ここからよろしくお願い致します。
『全部知ってみてどうかな?』


あっけらかんとそう言う西田さんは『とりあえず履歴でも調べてみるか』と、未だ呆然とする僕の横で何事も無かったかのようにパソコンをいじりだす。


『ほら、見て。西郷寺と知り合うずっと前から三菱とさっちゃんはやり取りしてるよ。どっちかというと西郷寺のほうが浮気相手ってとこかな。』


そう言って西田さんはふふふと笑う。


『これがハセガワ君が心を痛めた相手の本性。ていうかここにはこんな人しか居ないんだけど。まともな人間なんていないの
。』


まともな人間なんて居ない。西田さんが今まで何度も僕に言ってきた言葉。

その意味を今更思い知らされる。


『で、どう?』


どう?ってなんだ?

何を答えればいい?


『こんな人間の為にハセガワ君が傷ついてバイト辞める必要あるかな?ていうか今、腹立ってるでしょ?』


図星。

西田さんの言う通り

腹が立って

ムカついて

許せないという気持ちでいっぱいだった。

おかしな話だ。

もともとこっちが騙しはじめたのに

西郷寺だって不特定多数の全国の女性会員にメールを送っているくせに

自分の事は棚に上げて

とにかくさっちゃんに対しての怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。

騙された。騙しやがって。ふざけんな。

すごく勝手な話。

僕が勝手にさっちゃんだけを特別視して

勝手に感情を込めて

勝手に通じ合ってると勘違いしておいて

挙句の果てに

騙しやがってと怒りだす。

本当に自分勝手な話。

でも許せない。

許せない。


『さあ、ここでもう一度ハセガワ君に聞くね。』


西田さんが僕の椅子の向きをぐっと自分に向け

正面から対峙した形にした上で、ゆっくりと僕の最終意思確認を開始した。


『全部を知った今でもハセガワ君がまだ辞めたいって思ってるなら、今このまま帰ってもいいよ。やっぱり無理な人には無理だからね。引き止めることはしないよ。どうぞご自由にお帰り下さい。』


真剣な顔で僕の顔を見つめた西田さんは

少し間をあけてから続ける。


『でも、出会い系サイトってこういう異常な世界だと理解し、それを理解した上でこれからもここで働ける、働きたいって思うなら、もう一回きちんと文章を作ってさっちゃんに返信してくれるかな。さあ、残るか辞めるか、ハセガワ君が自分自身で決めて下さい』


異常な世界。

こんな異常な世界に残る必要なんかない。

ここより給料は少ないだろうがバイトなんか探せば幾らでもある。

答えは出ていた。

出ていたはずなのに


三菱 隼人
『メール遅くないか?もしかして俺以外の他の男とメールしてたりして。すげえ怪しいんだけど?そうじゃないっていうのなら『愛してる』て今すぐ20通送ってきてよ。それが出来たらお前の事信用するから』


僕はカチャカチャとキーボードを叩き

憎悪の塊をさっちゃんに送信する。

許せなかった。

裏切られた事が許せず

さっちゃんをグチャグチャにしてやりたかった。

ただそれだけの理由で、僕はこの異常な世界に残る事を選んだのだ。

送信ボタンを押した瞬間に全てが吹っ切れる。

もうわずらわしい事は無い

当面はこの異常な世界で金を稼ぐ。

何も考えずとにかく金の為だけに働く。

それでいいだろう。

僕がさっちゃんにメールを送信するのを見て横で西田さんが微笑む。


『良かった。じゃあ、改めまして、ハセガワ君これからもよろしくお願いします!』


立ち上がりおどけて頭を下げるその姿を見て、僕ははっとする。

ああ、そういうことだったのか。

全く悪趣味な話だ。


『西田さん、まだ全部を僕に伝えてくれてないんじゃないですか?』


何が?もう全部伝えたよ?という表情で西田さんはキョトンとする。


『朝6時から西郷寺を担当してたのって、西田さんでしょ?』


西田さんの動きがピタリと止まる。

西郷寺がさっちゃんに送れと言った【GREEN BOX=66】というキーワード

部屋中を見渡し、66と書かれた緑の箱を見つけたのは西田さん

その西田さんが手に持つ500mlのペットボトルには【WHITE WATER】と記載されていて

履いているブーツのブランドは【RED WING】

その後のキーワードも探せばどうせ全て当てはまるだろう。

僕にそう指摘された西田さんはペロリと舌を出す。

はい、これにて確定。


『ハセガワ君てやっぱりなかなか鋭いんだね!ポイントアーップ!』


そこそこ貯まってきたな、ポイント。


『それじゃあ気持ちを新たに今日1日も頑張って働いてください!』


西田さんは言い当てられた事が悔しいのではなく

何だか嬉しそうな感じで小躍りしながら僕から離れていく。

また一人優秀なサクラを製造したという満足感でも感じているのだろうか?

その後ろ姿を見てなんだか僕も笑えてくる。

今朝からの出来事は全てが茶番だった。

出会い系サイトの本当の姿を見せ付けるための茶番。

茶番だったのだが

僕が全てを吹っ切り今後サクラ道に勤しむ為には必要な茶番だったのだろう。

ここに残ってるカチャカチャ部隊200人の精鋭達は同じような経験をしてここに残っているのだ。多分。

まあ何でもいいや。

とにかくここで金を稼ごう。

今はそれだけでいい。

僕は再度パソコンに体を向け直す。

画面にはさっちゃんからの新着メールが物凄い勢いで届き始めている。

馬鹿なおばさん。

それを見ても僕は既に何を思う事もなく

少しだけ指のストレッチをして

皆と同じようにカチャカチャカチャカチャと一心不乱にキーボードを叩き始めた。




この日を境に

くだらない夏は加速していく。

救いようのないものへと落ちていく。

出会い系サイト

どこまでも異常な世界。

その異常な世界にどっぷりとつかり

その異常な世界が持つ闇の部分に犯され

僕は壊れる

壊れた事に気付きもせず

それを日常と思い

どこまでもどこまでも落ちていく。

救いようのないくだらない夏。

結局は

この日がそれの始まりだった。