「私は貝になりたい」 1959年 日本

 

監督 橋本忍

出演 フランキー堺 新珠三千代 水野久美

   笠智衆 中丸忠雄 藤田進

   加東大介 南原伸二

 

ストーリー

清水豊松は高知の漁港町で理髪店を開業していた。

家族は女房の房江と一人息子の健一である。

戦争が激しさを加え、赤紙が豊松にも来た。

ある日、撃墜されたB29の搭乗員が大北山山中にパラシュートで降下した。

「搭乗員を逮捕、適当に処分せよ」と矢野軍司令官の命令が尾上大隊に伝達され、豊松の属する日高中隊が行動を開始した。

発見された米兵は一名が死亡、二名も虫の息だった。

日高大尉は処分を足立小隊長に命令、さらに命令は木村軍曹の率いる立石上等兵に伝えられた。

立石が選び出したのは豊松と滝田の二名だ。

立木に縛られた米兵に向って、豊松は歯をくいしばりながら突進した。

戦争が終って、豊松は再び家族と一緒に平和な生活に戻った。

それも束の間、大北山事件の戦犯として豊松は逮捕された。

横浜軍事法廷の裁判では、命令書なしで口から口へ伝達される日本軍隊の命令方式が納得されなかった。

豊松は、右の腕を突き刺したにすぎない、自分は裁判を受けるのさえおかしいと抗議したが、絞首刑の判決を受けた。

矢野中将が、罪は司令官だった自分ひとりにある旨の嘆願書を出して処刑されてから一年の間、巣鴨プリズンでは誰も処刑されなかった。

死刑囚たちは、やがて結ばれる講和条約によって釈放されるものと信じた。

ある朝、豊松は突然絞首刑執行の宣告を受けた。

豊松は唇をかみしめながら、「どうしても生れ変らねばならないのなら、私は貝になりたい」という遺書を残して一歩一歩十三階段を昇った。

 

 

寸評

前年にテレビ放映されて評判を呼んだドラマの映画化である。

テレビ版の「私は貝になりたい」はテレビドラマの歴史が語られる時には「岸辺のアルバム」などと共に必ず取り上げられる記念碑的作品である。

本作を見た第一印象は、橋本忍は優れた脚本家であったが優れた監督ではなかったということだった。

僕はこの作品を随分経ってから見たのだが、たぶん僕には年数を経てもテレビ版に強烈なイメージの残像が残っていたのだろうと思われる。

収監された戦争犯罪人としてA級戦犯の他にB級、C級の戦犯もいた。

A級戦犯は平和に対する罪を訴追されたもので東條英機などが該当する。

B級は通例の戦争犯罪で、交戦法違反行為を行ったものが訴追されといる。

C級は人道に対する罪で、奴隷化、捕虜の虐待などが含まれている。

区別は量刑を表すものではなく罪の根拠となった行為の分類であるのだが、清水豊松はそれらからすればC級として訴追されたことになる。

B、C級でも1000名くらいが死刑になったとのことであるが、戦勝国が敗戦国を裁くというのはどうなのだろう。

 

理髪店を営み、町の人から慕われていた豊松が召集令状を受け取る。

幸せな家庭生活を営んでいたものが突如召集されて戦地へ赴くのは何度も描かれてきたものだ。

ひどい空襲を受け続けている日本に米軍パイロットが撃墜されてパラシュートで降り、1名は死亡、2名も助かる見込みがない状態で日本軍に発見される。

そこで描かれることがこの映画の持つ特別な状況である。

豊松が士気高揚のために捕虜を銃剣で突き刺すように命令される。

非人道的なことが出来ない豊松は、一度はためらい叱責されるが、再度の命令により突撃する。

それでも胸を刺すことが出来ず腕を刺すにとどまってしまい、上官からひどい折檻を受けることになった。

豊松は、戦後になってその行為が死刑に相当すると言われたのだ。

日本軍では上官の命令は絶対で、逆らえば自分が銃殺されると言っても、米国人にはその理屈が通じない。

豊松は二等兵という一番下の階級で、上官の命令に従ったばかりに死刑の宣告を受けている。

庶民が戦争犯罪に巻き込まれる戦争の非道さを描いているが、その訴えは手ぬるく感じる。

 

今度生まれ変われるならば、こんなひどい目に合わされる人間にはなりたくない。

人間にいじめられるから牛や馬にも生まれない。

どうしても生まれ変わらなければならないのなら貝になりたい。

貝ならば海の深い底の岩にへばりついて何の心配もない。

兵隊にとられることもないし戦争もない。

妻や子供を心配することもない。

どうしても生まれ変わらなければならないのなら、私は貝になりたい。

そのようにつぶやいて清水豊松は絞首台に登る。

理不尽な物語であるが、戦争が引き起こした理不尽な出来事としては何か物足りないものを感じた。

「北北西に進路を取れ」 1959年 アメリカ

 

監督 アルフレッド・ヒッチコック

出演 ケイリー・グラント エヴァ・マリー・セイント

   ジェームズ・メイソン ジェシー・ロイス・ランディス

   マーティン・ランドー レオ・G・キャロル

   エドワード・ビンズ ロバート・エレンスタイン

 

ストーリー

広告代理店の社長ロジャー・ソーンヒルは、ジョージ・カプランなる男と間違えられ、2人の男に拉致された。

広大な邸宅に連れ込まれた彼は、タウンゼントと称する男に、どこまで情報を知っているのか話すように強要される。

訳の分からないソーンヒルが人違いだと主張しても信用されず、無理やり酒を飲まされたあげく、車に乗せられて海へ突き落とされそうになった。

危ういところを、巡回中のパトカーに見つかって連行されたため命は助かったが、飲酒運転の罰金刑に処せられてしまった。

無実を証明するために例の邸宅に赴くと、タウンゼント夫人は彼をパーティに招いたと証言した。

次に国連総会に出席しているというタウンゼントに会うために国連本部に向かうと、そこにいたタウンゼントは昨夜の男とは別人だった。

そのうちにタウンゼントは、昨夜の男たちの手によって殺されてしまう。

なんとソーンヒルは、殺人犯として追われる身になってしまったのだ。

昨夜の男の正体は、敵国のスパイのヴァンダムという男だった。

ソーンヒルは、カプランを追ってシカゴ行きの寝台列車に乗り込んだ。

車内で出会ったイヴ・ケンドールという美女が、自分が指名手配犯と知りつつかくまってくれた。

ふたりは惹かれあい、一夜を共にするが彼女はヴァンダムの仲間だった。

 

 

寸評

「北北西に進路を取れ」はヒッチコックらしいサスペンス・ドラマで、ストーリーも次から次へと展開していき、謎が謎を呼びながらもどこか間の抜けたおかしな場面が一杯あるのも彼の作品らしい。

ストーリーを追うのではなくヒッチコック・ワールドにたっぷり浸るのがこの映画の楽しみ方かもしれない。

ニューヨークのビルの窓に行きかう車の流れが写り、そこにクレジットが流れタイトルが出る。

ビルから大勢の人が出てきて町の中へ繰り出す人、バスに乗ろうとする人々が描かれる。

ここで自身の作品に必ず登場するヒッチコックがバスに乗れない客として登場する。

そしてホテルに主人公のロジャー・ソーンヒルが現れるオープニングだけでヒッチコック映画と感じさせる。

手の汗握るアクションがあるわけではないが、小気味よいアクションとサスペンスが次々と展開されて、それがかえって極上のエンタテインメントとなっている。

万人受けするオーソドックスなサスペンス映画だ。

キャプラが何者であるかがなかなか判明しないのは当然だが、ヴァンダム一味が一体何者なのかも明かされないのが良いし、謎めいた展開が興味を盛り上げていく構成が素晴らしい。

テレビ場面や、マッチなどの小道具の使い方も上手いと唸らせる。

 

物語のスタートは給仕がキャプランを呼び出した時に立ち上がった為に、犯人側にキャプランと間違えられて拉致されるという馬鹿げたものだ。

拳銃を突きつけられ車に乗せられるがソーンヒルには緊迫感がない。

タウンゼント邸に連れていかれても命の危険にさらされているという感じが全くしない。

こういう雰囲気はヒッチコックのサスペンス・ドラマだと安心できる。

つまり、リアル感が全くないのだが、それを素直に受け入れさせられてしまうのもヒッチコック映画だ、

ソーンヒルがタウンゼントと称する謎の男から「キャプラン君、さっさと知っている秘密を教えたまえ!」と恐喝されるのだが、一体タウンゼントたちはキャプランの握っているどういった秘密を白状させようとしているのか最後まで分からなかった。

ソーンヒルは広告会社の社長でありながら、母親にも信用されていないだらしない男という設定だが、その辺りは少々説明不足。

足手まといになりそうな母親を連れてホテルの部屋を捜索する様子は滑稽なものだし、犯人一味に追われた時のエレベーターの中で発する母親の言葉なんてまるでマンガの世界だ。

魅力的な存在の母親がストーリーから突然消えてしまうのは残念に思った。

情報局の幹部らしい連中が、ソールトンの事を知り会議している場面があるが、会議の結論が何と「さよなら、ソールトン」と彼を見放すもので笑わせてくれる。

 

ラストは四人の大統領が彫られたラッシュモア山での攻防で、ここでのシーンを撮りたかったのかと思わせる。

そして本当のラストシーンはなかなかイキなもので、思わず微笑んでしまうものとなっていて映画全体に満足してしまうのもヒッチコック作品だと思う。

しかし、あのフィルムには何が写っていたのだろう。

「浮草」 1959年 日本

 

 

監督 小津安二郎

出演 中村鴈治郎 京マチ子 若尾文子 川口浩

   杉村春子 野添ひとみ 笠智衆 三井弘次

   田中春男 入江洋吉 星ひかる 潮万太郎

   浦辺粂子 高橋とよ 桜むつ子

 

ストーリー

志摩半島の西南端にある小さな港町。

そこの相生座に何年ぶりかで嵐駒十郎一座がかかった。

座長の駒十郎(中村鴈治郎)を筆頭に、すみ子(京マチ子)、加代(若尾文子)、吉之助(三井弘次)など総勢15人、知多半島一帯を廻って来た一座だ。

駒十郎とすみ子の仲は一座の誰もが知っていた。

だがこの土地には、駒十郎が30代の頃に子供まで生ませたお芳(杉村春子)が移り住んで、駒十郎を待っていた。

その子・清(川口浩)は郵便局に勤めていた。

お芳は清に、駒十郎は伯父だと言い聞かせていた。

駒十郎は、清を相手に釣に出たり将棋をさしたりした。

すみ子が感づき、妹分の加代をそそのかして清を誘惑させ、せめてもの腹いせにしようとしたところ、清はまんまとその手にのった。

やがて、加代と清の仲は、加代としても抜きさしならぬものになっていた。

客の不入りや、吉之助が一座の有り金をさらってドロンしたりして、駒十郎は一座を解散する以外には手がなくなった。

衣裳を売り小道具を手放して僅かな金を手に入れると、駒十郎はそれを皆の足代に渡して一座と別れ、お芳の店へ足を運んだ。

永年の役者稼業に見切りをつけ、この土地でお芳や清と地道に暮そうという気持があった。

清が加代に誘われて家を出て一夜を明かし、仲を認めてもらおうとお芳の店へ帰って来た。

駒十郎はもう一度旅へ出る決心がついた。

夜もふけた駅の待合室、そこにはあてもなく取残されたすみ子がいた。

 

 

寸評

大衆演劇の小屋は大阪界隈でもあちこちに出来たが、当時は一座が地方の場末劇場を回っていて、チンドン屋がよく演目ビラを配っていた。(チンドン屋=鐘と太鼓や三味線などでお囃子を入れて宣伝ビラを撒く商売)

子供の頃に、その後をついて回り宣伝ビラをもらった記憶がかすかに残っている。

駒十郎一座はそんな劇団で、郷愁をそそるような漁村の様子と、団員たちの生活ぶりに昭和の中頃を思い出す。

小津のカメラはいつも通りのローアングルで人々を映し出し、ドサ回りの世界を丁寧に活写する。

部屋から見た庭の様子や、お芳がやっている一杯飲み屋の入り口、劇場の入り口などの同じようなショットが、これまたローアングルで挿入されて作品に落ち着きを醸し出す。

全体的に落ち着いた雰囲気の映画なのだが、駒十郎が子供を産ませたお芳のもとを訪れた時の、お芳とその息子・清と交わす会話シーンにおけるカット割りはものすごく速い。

言葉を発する人の顔をアップで捉えて画面が次々と切り替わる。

このカット割りは、実は息子である清への照れ隠しの様なものを表していたのだろうか?

僕には小津安二郎はそんなカット割りをする人だというイメージは全然なかったので、始まってすぐのこのカット割りに面食らった。

小津の撮る構図はガチッと固まっていて、小道具一つの配置場所まで計算されているような感じを受ける。

駒十郎とすみ子が激しい雨の中で言い争いを繰り広げる場面の赤い傘が画面を引き締めてしびれるショットだ。

使用したアグファカラーというフィルムは赤色の再現度が高いので、小津はこの赤を意識したと思う。

 

話はユーモアを交えながら進んでいくが、中村鴈治郎はこんな役をやらせると上手い。

上手いというか、ほかの映画でも見せるハマリ役である。

劇団員のすみ子と出来ているが、それはお芳と別れた後の事だったようだ。

当然、すみ子はお芳と清の事を知らない。

駒十郎と夫婦同然のすみこは漁村なんかにやってきた駒十郎の目的を知って怒る。

駒十郎はそのことを責められて「実の息子に会いに行って何が悪い」と開き直る。

ドサ回り役者の身勝手なふるまいなのだが、中村鴈治郎の駒十郎は憎めない。

実に調子がよく楽天的で、その笑顔でもって人々を魅了してしまうような所がある男だ。

実の父親であることを隠した駒十郎と清の会話などは実に微笑ましいものがある。

 

駒十郎は劇団員の加代と出来てしまった清の事を、自分もお芳とそうなったことを指して「蛙の子は蛙や」と自嘲気味につぶやく。

役者稼業は女に目がないことを、団員の男たちが幕間から観客の女性を物色するシーンで僕たちに知らせている。

駒十郎がお芳にすみ子のことを「ちょっと出来てしもてん」と照れ笑いしながら告白する軽さなのだ。

それなのに駒十郎とすみ子は切っても切れない仲になっている。

すみ子はヤキモチから大喧嘩してしまったが、それも駒十郎に惚れこんでいたからで、この腐れ縁的な関係は「夫婦善哉」における柳吉と蝶子の様で、すみ子の京マチ子はいいわあ・・・

鴈治郎も京マチ子も役にハマった煙草の吸い方が上手い。

タバコが嫌われてきて、こんな吸い方が出来る人が少なくなってくるかもしれない。

「風雲児 織田信長」 1959年 日本

 

監督 河野寿一

出演 中村錦之助 香川京子 月形龍之介

   進藤英太郎 中村賀津雄 里見浩太郎

 

ストーリー

父信秀が没したのは信長が16歳の時である。

万松寺で行われた葬礼で、信長は荒縄を腰に巻いた異形の姿で現れ、抹香を父の位牌に投げつけた。

妻の濃姫は彼の陽やけした頬に光る涙を見た。

濃姫の実父・美濃国稲葉城主斎藤道三は、信長の尾張国を狙う者の一人だった。

使が信長との会見を申入れてきたが、信長は少しも関心を示さず武術のケイコに励んでいた。

「尾張の大うつけ」が定評となったが、それが信長のつけ目で家臣までもあざむいた。

家老・平手政秀は諫書を呈すと切腹して果て、信長は心から信頼していた臣を失ったことを悲しんだ。

それを契機に、彼は正徳寺で道三と会見した。

道三が罠を用意していたが、信長は槍と鉄砲計千人を道中にひき連れて道三をおびやかし、会見の場では例の狂人的姿から礼装に早変りして先手をうった。

道三は手の掌を返すように歓待し、彼の帰りを予期しなかった濃姫はその無事を喜んだ。

突然、今川四万の大軍が尾張領になだれこんできた。

義元は勝報に気をよくし、折からの猛暑を田楽狭間に避けた。

清洲城の信長は出陣の気配を示さず、家臣はうろたえていた。

 “十人に一人、十人がもし眠っていたら……”ふと濃姫のもらした言葉が、信長をとらえた。

濃姫に鼓をうたせ、“敦盛”を静かに舞い納めると、彼はすぐさま出陣を命じた。

軍は嵐をついて桶狭間を襲った。

義元の首級を馬前に、信長は清洲城に引き揚げた。

白装束で死を決していた濃姫には夢のようだった。

 

 

寸評

織田信長という英傑を主人公にした歴史時代劇で、1551年父親である織田信秀の死から1560年の桶狭間の戦い迄を描いている。

映画は義父である斎藤道三との面会場面と、今川義元を討ち取った桶狭間の戦いに焦点を当てていて、その間の出来事は描かれていない。

1556年には斎藤道三が子の齋藤義龍との戦いで敗死している。

この時に信長は道三救援のため、木曽川を越え美濃の大浦まで出陣するも、勢いに乗った義龍軍に苦戦し、道三敗死の知らせにより信長自らがしんがりをつとめて退却している。

また1557年には謀反を企てた弟の信行を病と称して清須城に誘い出して殺害するなど、尾張統一に苦心していた時期である。

どちらも大きな出来事だと思うが、作品が散漫になる為か場面としては前述の場面しかない。

 

斎藤道三を描くために信長の正室である濃姫を登場させ、仲睦まじい間柄を描いているが、濃姫に関する資料は少なく実際は冷遇されていたのではないかと思われる。

側室である生駒家の吉乃を厚遇し、二人の間には信忠、信雄、徳姫という三人の子供が生まれている。

信忠は嫡男であり、徳姫は松平信康の正室となり信康切腹事件に絡んだ女性だ。

資料が全くと言っていいほど残っていない濃姫が物語上では著名で、ここでも香川京子がいい妻を演じているが、それは下克上の典型とも言える斎藤道三の娘として物語を盛り上げる為だろう。

 

信長と道三の会見場所は尾張と美濃の国境にあったとされる冨田という集落の聖徳寺である。

信長が親衛隊を引き連れ、いつもの「たわけ」姿で諸徳寺へ向かう行進を、道三は冨田の村はずれで隠れてこっそり見ているというお馴染みの場面が描かれる。

兵が持つ300丁の鉄砲に驚く様子もよく描かれているが、6メートルを超える長槍の件は出てこない。

聖徳寺に着いた信長は素早く正装に着替え道三の前に現れる。

この時の錦之助は、流石に貴公子と唸るほどの凛々しさを見せる。

当時の東映において、これだけの気品と威圧感を出せる俳優は中村錦之助を置いて他にはいない。

道三の家臣らの前を平然と通り過ぎて、縁側の柱に寄りかかり道三を待ち、現れた道三を家臣が紹介すると、信長は一言「であるか」と答えたというが、ここでは道三が信長を迎える形をとっている。

会見後の美濃への帰り道で、道三の家臣が「信長は評判通りのうつけでしたな」と言うと、「無念だがわしの息子らは、そのたわけの下につくことになるだろう」と道三が言ったという逸話も紹介されていない。

描き方は極めてダイジェスト的である。

 

桶狭間の戦いを描くドラマでは、今川軍本隊が田楽狭間で休憩をとっていることを知った信長が、今川義元の首を狙って奇襲作戦をとるような描かれ方が多いが、ここでは正面攻撃をかけているような印象である。

「迂回攻撃説」もあったが、今では「正面攻撃説」の方が有力の様で、ここでの描き方がより近いのかもしれないが、有力説とされるのは他にもあり、桶狭間合戦場とされるところも数カ所あり、どれが本当なのかははっきりしていない。

河野寿一はテレビに転じて「新選組血風録」や「燃えよ剣」などの名作時代劇を世に送り出したが、映画作品としてはこの「風雲児 織田信長」が一番だろう。

「第五福竜丸」 1959年 日本

 

監督 新藤兼人

出演 宇野重吉 乙羽信子 小沢栄太郎

   千田是也 清水将夫 金井大

 

ストーリー

1954年3月、焼津港を出た漁船第五福竜丸は、魚を求めてビキニ環礁のあたりにいた。

乗組む23人の漁夫たちは、故郷に妻や恋人や親たちを持つ平凡な人々だった。

船長笠井太吉はわずか22歳の若さで、船の実権は漁撈長の見島民夫が握っていた。

苦労人の無線長久保山愛吉は乗組員たちの信任を得ていた。

3月1日の午前3時42分、乗組員たちは夜明け前の暗やみの中に白黄色の大きな火の柱が天に向ってたちのぼるのを目撃した。

ビキニ環礁で米国の専門家たちによって行われた水爆実験であった。

立入禁止区域外にいて、何も知らなかった一同の頭上に、やがて真白な死の灰が降りそそいだ。

三日後、船員たちは灰のついた部分の皮膚が黒色に変り、身体に変調が生じたのに気づいた。

帰港後、焼津協立病院外科主任大宮医師の診断により一同が原爆症とわかり、第五福竜丸の船体から放射能が検出されるに及んで事件は大きく表面化した。

報道は世界中に打電され、アメリカからも専門家が調査にやってきた。

しかし、彼等は何故か積極的な協力を日本側に与えようとはしなかった。

23人の漁夫たちは東京の病院に移され、日本側医療科学陣の総力をあつめて治療が進められた。

漁夫たちの中でも年長者であり、身体の衰弱の激しい久保山愛吉は、肉身の者に見守られながら、「身体の下に高圧線が通っている……」と絶叫しつつ死んだ。

こうして、原子力研究とは何の関係もない漁夫たちに突然襲いかかった悲劇は、今なお続いているのだ。

 

 

寸評

日本人は4度も被爆の憂き目にあっている。

1945年の広島、長崎への原爆投下、2011年の東日本大震災による東電福島第1原発の爆発事故、そしてこの1954年に起きたビキニ環礁水爆実験による第五福竜丸被爆である。

映画は焼津港から第五福竜丸が出航するところから始まる。

ドキュメンタリー風の映像が続き、やがてビキニ環礁からはるかに離れているにもかかわらず、「西から太陽が昇った」と叫んでしまうほどの閃光と共にキノコ雲を目撃して死の灰を浴びるシーンまではそれほど時間はかからない。

その間に描かれるのは、先ずは遠洋漁業に出かける乗組員を見送る家族の姿である。

妻や子に見送られる者や、恋人に見送られる若者もいて、一見して幸せな人たちなのだと分かる。

出航してからは、海の様子に加えて航海中の乗組員たちの様子が描かれる。

漁具の補修やら食事の様子、航行の様子などがドキュメンタリー風に描写されている。

そしていよいよミッドウェー沖で漁が開始されるが不漁で、漁場を変えて南へ向かい悲劇のビキニ沖に到着して漁を再開する。

ここでの漁の様子もドキュメンタリー風で、マグロを初めとする魚はこんな捕り方をしていたのかと、豊漁の感激よりも残酷さを感じる映像が印象深い。

 

そして彼らは水爆のキノコ雲を目にする。

やがて死の灰が降り注いでくる。

第五福竜丸は危険水域外で操業していたが、水爆の威力はアメリカの予想を上回るもので、彼らの操業水域迄影響が及んだということである。

放射能を含んだ粉末を持ち帰っているし、足跡がつくくらい降り注いだのだから相当なものである。

死の灰の降り方や、帰港した乗組員の顔が黒く変色しているのを見ると、デフォルメしていると思ってしまうのだが、しかし多分実際にそうだったのだろうと思い直す。

帰ってきた彼らは案外と元気な姿を見せる。

被爆者たちがたいしたことがないように思える映像が続くのは、広島や長崎のように直接原爆が投下されたものとは全く違う、静かな恐怖を描こうとしているからだろう。

 

新藤は声高に核廃絶を訴え続けるような描き方をしていない。

前述の理由によるものだろうが、恋人の女性が病室を訪ねてくるシーンなど微笑ましい場面が用意されていて、内容的には堅苦しくない。

それ故に、無線長久保山愛吉の死は迫ってくるものがある。

漁師仲間として操業中の船舶から「久保山ガンバレ」の電報が数多く届く。

どうやらこの頃には日本中が事件の経緯を知り、久保山氏の安否を気遣っていたようだ。

持ち直したかのように見えて弱っていく久保山氏の姿が痛々しい。

根底にある核への恐怖だ。

唯一の被爆国にもかかわらず、ともすれば忘れがちになる国民への警鐘が平坦な物語の中に描かれている。

平和な生活の中でこういう事件が日本国民に起こった歴史があることも記憶しておく必要がある。

「荷車の歌」 1959年 日本

 

監督 山本薩夫

出演 望月優子 三国連太郎 左幸子

   水戸光子 左時枝 西村晃

 

ストーリー

明治27年、広島県の山奥の村で地主の屋敷で女中奉公するセキは、郵便配達夫の茂市に求婚された。

茂市は、一銭も月給の上らない配達夫をやめて荷車ひきになると言った。

茂市に好意を感じていたセキは、勘当の身となりながらも嫁いだ。

二人は、一台ずつ荷車を引いては村を出て、やがて車問屋になる日を胸に描きながら往復十里の道を町へ通った。

姑はセキに冷たく、茂市の弁当箱には米の飯をつめ、セキの弁当には粟飯をつめるような人だった。

セキはやがてオト代を生み、オト代は気性の勝った娘に育った。

祖母の荒い仕打ちに逆らい、いびられ通しのオト代はコムラ夫婦に貰われていき村を去った。

セキは次々と子供を生んだ。

姑が病気で倒れると、セキは心の底から看病をした。

姑も、涙をこぼしセキの手を取って死んでいった。

茂市とセキは、車問屋を始めることが出来たが、間もなく鉄道が通じて山奥の村からは荷馬車が荷を運ぶようになり、手車は時代の波に取り残された。

子供たちはそれぞれ一本立ちするようになり、セキの上にも幸福な日が訪れたかに見えたが、茂市には隠し女があった。

茂市は、オヒナというその女を家に連れこんでしまった。

 

 

寸評

僕の実家は田舎の百姓家で、母は離婚して叔父夫婦が守る家で同居していた。

流石におじには妾などいなかったが、封建制の名残りがあって映画で描かれたような社会の雰囲気はあった。

結婚は家の思想に基づく家と家の結びつきが強く、嫁は農家の働き手であり、家事全般をつかさどる女中でもあり、親の面倒を見る介護士でもあった。

祖母は茂一の姑の様なイジメを行っていなかったが、義理の叔母は祖母や小姑である僕の母にはずいぶん気を使っていたことは子供の目にも顕著であった。

オト代は子供のいないコムラ夫婦に貰われていく。

今ではめったにないと思うが、親しい人に貰われていく子は結構いたのだ。

僕の家は茂一の家ほど貧しくはなかったが、それでも藁でコモやムシロを編んだりしていて僕も手伝っていた。

セキが使っている炭俵を編む道具に懐かしさを感じる。

この映画は農村婦人のカンパによって製作されたらしいが、カンパした農村婦人には思い当たるふしが一つや二つはあっただろうと思われる出来事が描かれていく。

観客となった身に覚えのある農村婦人たちからは、すすり泣きが度々漏れただろうと想像される。

 

茂一とセキは車引きの仕事を初め、その苦労は見ていても伝わってくるが、当時の農家の状況も多かれ少なかれ似たようなものだった。

後年に土地成金が誕生するなどとは想像も出来なかった。

セキの望月優子は農村の女そのもので、多くの農村婦人はその姿に自分を見ただろう。

彼女の苦労は自分の苦労と感じて同化したに違いないと思う。

茂一はセキをかばいながらも母親に逆らえない、正に嫁姑問題の板挟みで同情も寄せたくなる存在から、妾を同居させるなど身勝手な男に変身していく。

妾のヒナを演じた浦辺粂子も嫌われ役を好演している。

その間に見せる三國連太郎の老けぶりはすごいなあと感心する。

本当に老人になり切っていく。

 

セツはナツニさんからアドバイスを受け、姑への接し方を変えて懸命に看病に当たる。

姑も態度を変えて感謝を述べながら死んでいく。

僕にも嫁姑問題があって、お世辞にもうまくいっていたとは思えないが、映画と同様に妻は母を看病し、母は妻に感謝を述べて死んでいった。

プライドの高かった母で、自分の好印象の為に感謝を述べたのかもしれないが、そうだとしても母のプライドは保たれただろうし、妻の気持ちも救われたことだけは確かだ。

そんな風に思うのは、僕が母に対して冷たい息子であったためかもしれない。

セツはうらみのあったヒナも許す気になって、子供たちが反対する夫の遺影のある仏壇へのお参りを許す。

セツは荷車に孫たちを大勢乗せて若い頃のように引く。

虎男が復員してきてセキが駆け寄り、虎男の妻と子供たちが駆け寄る姿を見て、やっと救われたような気持になったのだが、ちょっとお涙頂戴過ぎた作品のようにも思う。

「次郎長富士」 1959年 日本

 

監督 森一生

出演 長谷川一夫 市川雷蔵 京マチ子 若尾文子

   山本富士子 勝新太郎 根上淳 鶴見丈二

   本郷功次郎 船越英二 黒川弥太郎 中村玉緒

   林成年 品川隆二 滝沢修

 

ストーリー

武井安五郎(香川良介)の賭場へ次郎長(長谷川一夫)は子分・桝川仙右衛門(島田竜三)の兄を殺した小台小五郎(尾上栄五郎)の身柄引渡しを頼みに行った。

ちょうど居合せた黒駒の勝蔵(滝沢修)は含むところがあって小五郎と仙右衛門の一騎討ちを計った。

仙右衛門は小五郎を倒したが、神域を血で汚したという理由で次郎長の身辺に役人の手が回った。

次郎長は旅に出た。

夫の身を案じるお蝶(近藤美恵子)も石松(勝新太郎)を供に後を追った。

その道中、酒に酔いしれた石松は、道中師お新(山本富士子)に胴巻を盗まれた。

折悪しくお蝶は発病、途方にくれたとき通りかかったのが、以前世話をした豆狸の長兵衛(伊沢一郎)で、彼の家に厄介になることになった。

そのころ次郎長の泊った旅籠・大野鶴吉(鶴見丈二)の家では、鶴吉の許婚・お妙(浦路洋子)に土地の代官が横恋慕、妾によこせとの無理難題に怒った鶴吉が代官屋敷に乗り込むという事件が起っていた。

次郎長らの大暴れに代官は平あやまりに謝った。

日ましに上る次郎長の人気に業をにやした黒駒勝蔵は、浜松の大貸元・和田島太左衛門の跡目相続の席で修羅場を引き起こした時、和田島の二代目おかつ(京マチ子)が割って入り仲裁した。

勝蔵の憤りはつのり、武井安五郎(香川良介)に府中の盆を盗ませた。

これを知った清水の二十八人衆は安五郎の賭場になだれこみ、民家にかくれた安五郎を斬り倒した。

このとき勢い余ってその家を焼き、これが次郎長の怒りにふれ、大政(黒川弥太郎)らは、お蝶の配慮で吉良の仁吉(市川雷蔵)のもとへワラジをぬぐことになった。

仁吉の家では、荒神山の盆割りを無法にも安濃徳に奪われた弟分の神戸の長吉(舟木洋一)が泣きついてきていた。

仁吉は恋女房おきく(若尾文子)が安濃徳の妹であるため、おきくを離縁、長吉に力をかすことにした。

 

 

寸評

大映版の清水の次郎長物で、次郎長、森の石松、吉良の仁吉を中心にしてダイジェスト的に清水一家の活躍が描かれるが、オールスター作品らしくスターがわずかな登場シーンで出演している。

男性映画なので女優陣にその傾向がみられ、石松に絡むのが色気を振りまき酒がめっぽう強いう“うわばみお新”の山本富士子、次郎長と黒駒の勝蔵の一触即発を止めるのが“おかつ”の京マチ子、吉良の仁吉の女房“おきく”が若尾文子なのだが、それぞれちょっとしたエピソードで登場しているだけとなっている。

後に勝新太郎夫人となる中村玉緒はまだ駆け出し中で、中居の役で勝新太郎と少しだけ絡んでいるのが今となっては面白い組み合わせだ。

次郎長一家の小政、桶屋鬼吉、大瀬半五郎、法印大五郎、追分三五郎などが当然画面をにぎわすが、特に目立ったところはなく集団の中の一人という感じだ。

わずかに目立つのは桶屋鬼吉が自分の棺桶を担いで黒駒勝蔵の所へ喧嘩状の返事を持っていくぐらいだ。

むしろ敵方である小岩の根上淳の方が目立っている。

 

小説や講談で語られるエピソードは形を変えながら描かれていると思うが、マキノ雅弘の「次郎長三国志」における描き方と比べると、どちらが本当か僕は知らないでいる。

こちらの作品では、お蝶は病気を回復し清水に帰ってきているし、百姓家を燃やしてしまう一件も次郎長方のやらかしたことになっている。

次郎長が渡した金は見舞金ではなく、お詫びの金だった。

石松が次郎長の刀を金毘羅山へ奉納するエピソードも描かれているが、一般的に語られている騙し討ちにあって石松が殺されてしまうという風にはしていない。

「次郎長三国志」では描かれなかった荒神山の出入りが描かれていて、吉良の仁吉はここで落命する。

しかしいくら草履を脱いでいたとはいえ、吉良の仁吉の亡骸が次郎長一家にあるというのはどうなのだろう。

それとも子分も多数死んで仁吉一家は解散したので、仕方なく亡骸を次郎長一家が引き取ったのだろうか。

 

最後はこれも「次郎長三国志」では描かれなかった黒駒勝蔵との一代決戦だ。

黒駒は400人、次郎長は100人という出入りだが、決戦場所は富士川である。

富士川と言えば平安時代の後期に源頼朝と平維盛が戦った源平合戦、富士川の戦いが思い起こされる。

森一生演出は多分にこれを意識していると思われる。

東に陣取ったのは次郎長方で白旗をなびかせている。

一方西に陣取ったのが黒駒方で赤旗をなびかせている。

それはまるで源氏の白旗に、平氏の赤旗を表しているようで、戦う前から白の勝ちを暗示していたようなものだ。

もっとも主人公は清水の次郎長なのだから観客は白組の勝ちを初めから知っていることになる。

娯楽作品として軽妙なシーンを盛り込みながら楽しく見せているが、一番の功績は懐かしい往年のスターを垣間見ることが出来ることで、僕にとっては、一度はリアルタイムで見たことがある映画スターたちの若かりし頃を再見できることだ。

「ワーロック」 1959年 アメリカ

 

監督 エドワード・ドミトリク

出演 リチャード・ウィドマーク ヘンリー・フォンダ

   アンソニー・クイン ドロシー・マローン

   ドロレス・マイケルズ ウォーレス・フォード

   トム・ドレイク リチャード・アーレン

 

ストーリー

ワーロックの町ではマックオウンの経営する、サン・パブロ牧場の暴れ者たちが跳梁していた。

マックオウンの部下の1人ギャノンは、自分たちの行為を嫌っていた。

マックオウンは、ワーロックの法律は自分が作るのだと豪語した。

翌日、町の人々は集会を開き、町を自衛するために保安官クライを呼ぶ協議をした。

しかし、ジェシーはクライが行くところ、かならず賭博師モーガンがついてくるので、町に新しい騒動が起こるといって反対した。

クライとモーガンがやって来て、モーガンはさっそく酒場を開いた。

ある日、リリーが夫でありボブの兄であるベンを殺したクライへの復讐にやって来た。

モーガンは山かげに待伏せてリリーとボブの駅馬車を襲い、マックオウン一味の仕業とみせかけてボブを射殺した。

モーガンとリリーはかつて恋仲だった。

モーガンは今でも彼女を愛していたが、彼女は冷たかった。

クライは裁判の結果、ギャノンの弟ビリーらを町から追放した。

リリーはギャノンを利用してクライを殺そうとした。

ギャノンはリリーを愛したが、彼女は自分を愛した男はみな無惨な死をとげているので悩んだ。

クライとジェシーも相思相愛の仲になっていた。

 

 

寸評

リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クインと馴染みのあるスターが出ているにもかかわらず散漫な作品だなあというのが僕の第一印象である。

本作は友情、恋愛、復讐といったテーマも盛り込まれており、中々複雑なストーリーなのだが複雑過ぎてそのどれもが中途半端な描き方になっているのは惜しい。

ロバート・アーサーの脚本が悪いのか、エドワード・ドミトリックの演出が稚拙なのか、いずれにしても面白い設定で傑作西部劇になり得ていたかもしれないのに典型的なB級西部劇に甘んじてしまっている。

エドワード・ドミトリック監督と聞いて、僕は思い起こす作品が本作ぐらいで名作を残していないと思う。

 

冒頭のシーンでは、町で暴れまくる無法者に対して、町を守るはずの郡保安官補が逃げだしてしまう。

マックオウンの手下たちが無法の限りを尽くしているのだが、彼ら一味の悪人ぶりはあまり伝わってこない。

ボニーという一味の一人が散髪屋で髭剃り中に、ボニーが動いたことで散髪屋が顔に傷をつけてしまい、そのことで散髪屋が射殺されてしまうくらいのものである。

度々家畜泥棒や駅馬車強盗をやらかしているようだが、その様子も描かれていないので無法者の集団という感じがせず、それらは町の人々によって語られるだけとなっている(駅馬車強盗は別の意味で一度描かれている)。

 

モーガンは自分を人間扱いしてくれた唯一の男がクライだったと言っているが、この二人の関係もよく分からず、アンソニー・クインのモーガンは不可解な人物である。

リリーの乗った駅馬車をサン・パブロ牧場の二人が襲った時に、彼らが同乗していたボブを狙い打ちで殺した理由などが的確に描けていない。

恐らく過去にクライがリリーの婚約者だったベンを殺した裏事情を話されるのを嫌ったためだったと思われるが、殺人動機は想像の域である。

クライの言うリリーへの復讐とは、思いを寄せていたリリーがベンと婚約したことだったと思うが、肖像画だけでそれを想像させるのは少し観客に期待し過ぎのように思う。

敵方の中でも悪の一番手と思われた男が、いくら事前にその片鱗を見せていたとはいえ、最後にギャノンの味方となるのも唐突過ぎて僕はついていけなかった。

 

面白い描き方をしているのはヘンリー・フォンダ演じるクライが雇われ保安官を職業としている点と、彼が自分に対する評価を予見していることで、そして町の人々の態度は彼の予見通りになるということだ。

最初は悪人を追っ払ってくれる男として持ち上げているが、やがてその強権的なやり方に反感を持ち出す。

その最たる人物が判事で、現実を見ずして理屈ばかりこねている嫌味な老人だ。

クライが、足が不自由な判事の松葉杖を蹴飛ばして「アンタにはうんざりだ」とののしるシーンでは、なんだかスカッとした気分になった。

いざとなったら冷たくなるという、いい加減な町の人々を描いた作品としてはやはり「真昼の決闘」などの方が数段優れている。

二人の女性のロマンスの描き方も物足りなかったが、対決シーンが結構多くて見ていてダルさを感じさせないので、偉大なB級西部劇と言っても良いかもしれない。

「野火」 1959年 日本

 

監督 市川崑

出演 船越英二 ミッキー・カーティス

   滝沢修 浜口喜博 石黒達也 稲葉義男

   星ひかる 月田昌也 杉田康 佐野浅夫

   中條静夫 伊達信 伊藤光一 浜村純

 

ストーリー

比島戦線のレイテ島で日本軍は山中に追いこまれていた。

田村(船越英二)は病院の前に寝ころぶ同じように原隊から追われた連中の仲間に加わった。

彼らが厄介払いされたのは、病気で食糧あさりに行けないからなのだ。

安田(滝沢修)という要領のいい兵隊は足をハラしていたが、煙草の葉を沢山持っていた。

永松(ミッキー・カーティス)という若い兵が女中の子だというので、昔、女中に子を生ませた安田は彼を使うことにした。

翌日、病院は砲撃され、田村は荒野を一人で逃げた。

海辺の教会のある無人の町で、田村は舟でこぎつけてきた男女のうち女を恐怖から射殺してしまう。

そこで手に入れた塩を代償に、彼は山中の芋畑で出会った兵たちの仲間に入った。

彼らは集結地というパロンポンを目指していた。

安田と永松が煙草の立売りをしていた。

オルモック街道には米軍がいて、その横断は不可能だった。

山中で兵たちは惨めに死んだ。

幾日かが過ぎ、田村は草を食って生きていた。

切断された足首の転がる野原で、彼は何ものかの銃撃に追われた。

転んだ彼を抱き上げたのは永松だった。

永松は“猿”を狩り、歩けぬ安田と生きていたのだ。

安田は田村の手榴弾をだましとった。

永松の見通し通り、安田はそれを田村たちに投げつけてきた。

彼が歩けないのは偽装だったのだ。

二人に安田が仲直りを呼びかけてきた。

永松の射撃で、安田は倒れた。

永松がその足首を打落している時、何かが田村を押しやり、銃を取らせて構えさせた。

「待て田村、わかった、よせ」銃声とともに永松はそのまま崩れ落ちた。

田村は銃を捨て、かなたの野火へ向ってよろよろと歩き始めた。

あの下には比島人がいる。

その人間的な映像が彼をひきつけるのだ。

その時、その方向から銃弾が飛んできた。

田村は倒れ、赤子が眠るように大地に伏したまま動かなくなった。

 

 

寸評

戦争最末期のレイテ島における敗走劇だが、敗走というより食料を求めながらの彷徨と呼んだ方がふさわしい状況下での物語である。

 僕は戦後生まれでもあるし、レイテ島がいかなる状況であったのかは知らされる資料でしか知らない。

映画の中で、兵士たちは次々死んでいき、発狂する者もあり、投降しようとしてゲリラに殺される者も描かれる。

一兵卒としてフィリピンでの惨たんたる敗戦を体験した大岡正平の小説を原作にしているとは言え、おそらく本当のレイテ島はもっと悲惨だったのかもしれない。

 

人数的に戦闘による死者よりも餓死者の方が多かったと言われているのが南方戦線だ。

ここでも悲惨な状況が描かれているが、悲惨さを通り越してどこか滑稽ですらある。

冒頭から、田村一等兵は「病院へ元気で行って来い!」などと、笑ってしまう命令を下されている。

その後はいろんなエピソードを挿入しながら、ただただ芥川也寸志の音楽に乗った逃避行が描き続けられる。

そこでも、自分の物よりましな死者の靴を次々やって来る敗走者が履き替えていくなど、やはり笑ってしまうシーンなどが描かれる。

それほど悲惨な逃避行だったのだろうが、戦争を知らない僕たちはやはりどこか滑稽さを感じてしまうのだ。

 しかしながら、これは戦争という愚かな行為を揶揄している作者の精一杯の表現なのだろう。

無残な状況を無残なままに見せるだけでなく、そこに一種のブラック・ユーモアを漂わせているのだ。

原住民の女を殺してしまった田村が、気が抜けてヘタヘタと崩れて座ってしまうシーンや、気の狂った将校が天を仰いで「天皇陛下様、ヘリコプター様、どうぞ助けに来てください」と叫んでいる場面など、滑稽な場面は枚挙にいとまがなく、それが意図されたものであることが分かる。

余りにも滑稽だから最後の田村の崇高さが浮かび上がってきたのだと思う。

 

田村は人肉を提供され、それと知らずに嚙み切ろうとするが歯が折れてしまって食べることが出来ない。

このシーンは、神が最も罪深い人肉を食するという行為を押しとどめた象徴だったと思うので、罪深い人間と、それでもその人間を救いたいという願いが込められていたように感じた。

ひたすら飢えていき、人間の生きようとする欲望はあらわになって、ついには人食というおぞましい行為に至ることを描きながら、主人公だけにはそれを押しとどめ、人間の尊厳をかろうじて保たせる意味深いシーンだったと思う。

それがラストシーンに引き継がれ、主人公が野火のもとに辿りつくことなく倒れることも、かえって人間の尊厳を高めていたように思われる。

僕は原作を読んでいないが、このあたりの描き方は原作者大岡昇平の功績によるものなのかもしれない。

 

船越英二は「私は二歳」における、ホノボノとしたミンパパのような役にその存在感を見せた俳優だったが、この作品における彼はその一面を見せながら極限状態に置かれながらも、なんとか最後の人間性を守った小市民兵士を好演している。

「薄桜記」 1959年 日本

 

監督 森一生

出演 市川雷蔵 勝新太郎 真城千都世 三田登喜子

   大和七海路 北原義郎 島田竜三 千葉敏郎

   舟木洋一 伊沢一郎 須賀不二男 清水元

 

ストーリー

中山安兵衛が高田の馬場へ伯父の決闘の助勢に駆けつける途中、すれちがった旗本丹下典膳は安兵衛の襷の結び目が解けかけているのに気づいた。

決闘場所までかけつけたが、安兵衛の決闘の相手が同門知心流であることを知ると、典膳はその場を離れた。

堀部弥兵衛親娘の助けを得た安兵衛は仇を倒した。

一方、同門を見棄てた典膳は堀内一刀流の安兵衛へ決闘を迫られたが、拒絶した典膳を師匠の知心斎は破門した。

安兵衛も師匠堀内源太左衛門の心を察して道場から遠のいた。

源太左衛門の紹介で上杉家江戸家老千坂兵部の名代長尾竜之進が安兵衛に仕官の口を持って来た。

安兵衛はその妹千春に心をひかれた。

谷中へ墓参の途中、野犬に襲われた千春は典膳に救われる。

生類憐れみの令が発布され、これが役人に知られたら死罪となる世であった。

その際に犬を殺めた典膳だが安兵衛の機転で救われた。

その日の夕方知心流の門下が安兵衛を襲うが、典膳が助太刀をしてこれを退けた。

千春が典膳と恋仲であり祝言も近いことを知った安兵衛は上杉家への仕官を断り、堀部弥兵衛の娘お幸の婿になって播州浅野家に仕える運命になった。

典膳が公用で旅立った後の一夜、典膳に恨みをもつ知心流の門弟五人が丹下邸に乱入し、思うさま千春を凌辱して引揚げた。

間もなく千春が安兵衛と密通しているという噂が伝えられた。

旅先より戻った典膳は事の真相を掴み、親戚一同を集めて妻の無罪を訴えた。

浪人となって五人組に復讐する決意をした典膳は、長尾家を訪れ千春を離別する旨を伝えた。

怒った竜之進は抜討に典膳の片腕を斬り落した。

しかしこれは典膳の意図するところだった。

同じ日、安兵衛の主人浅野内匠頭は上杉家当主の実父吉良上野介を江戸城松の廊下で刃傷に及んだが、その日を限りに典膳は消息を絶った。

一年がたち同志とともに吉良襲撃を志して辛苦する浪人安兵衛は、或る日、吉良の茶の相手をつとめる女を尾行して、それが千春であることを知って驚いた・・・。

 

 

寸評

赤穂浪士異聞と言える内容で、映画全体は吉良邸討ち入り直前の堀部安兵衛の回想で縁取られている。

高田馬場の駆けつけ、運命の剣士丹下典膳との出会い、高田馬場の決斗とスピーディな滑り出しから、この二人の運命が二転、三転、四転と絡み合いつつ、この主人公たちを皮肉な立場へ追い込んでいく構成の面白さは魅力的で、ストーリー的に観客を飽きさせない。

当時の大映にあって、時代劇の若き世代を担っていた市川雷蔵と勝新太郎が、剣豪丹下典膳、赤穂義士随一の剣客堀部安兵衛となって顔を合わせて火花を散らす競演をしているのも、今となっては貴重と思わせる作品だ。

 

時代劇ではあるがむしろチャンバラ映画と呼んだ方がいいような作品だが、その格調は高い。

主人公の典膳は片腕を失っており、しかも直前で適役の一人から鉄砲で足を撃ち抜かれており、立ち上がることもできない満身創痍の状態である。

白い雪が降りしきる境内で、戸板に乗せられた典膳は、立ち上がることも出来ぬまま、刀を抜き放って多勢の敵と斬り結ぶのだが、これが凄惨ながらも美しくもあり、これがチャンバラ映画の醍醐味シーンなのだと見せつけてくれる。

瀕死の典膳に安兵衛の助太刀が入り、敵どもをすべて討ち果たすが、その時典膳は雪の中に横たわり息絶えていて、その死体に虫の息の妻千春が這いながらにじり寄っていき手を固く結び合う。

月並み映画のヒーロー、ヒロインではない結末に胸打たれる。

心打たれるのはそのシーンが本当の愛の情熱の姿を浮き彫りさせているからだ。

この一連のシーンの存在で「薄桜記」は市川雷蔵の代表作の一つに数えられているのだと思う。

 

千春は典膳を心から慕っており、典膳もまた心の底から千春を愛している。

同じように思いを寄せる安兵衛の気持ちを千春は知らない。

いわば男二人に女一人の三角関係だが、それをめぐる争いはなく、一人安兵衛だけが悶々としている。

典膳と安兵衛には友情めいたものが湧いているから、男同士の友情との相剋によって三人の関係がもう少し微妙に描かれていれば、愛情物語としてのパートにもっと面白みが出ていただろう。

 

丹下典膳という架空の人物に中山安兵衛改め堀部安兵衛を絡ませているので、赤穂浪士の仇討物語が背景で描かれることになり、そのことも興味をそそる設定としてうまくストーリー立てされている。

高田馬場の決斗で浅野家の堀部弥平の婿養子になるのはよく描かれているが、吉良家の千坂兵部への仕官話とその娘千春への恋を絡ませているのがミソとなっている。

もちろん大石内蔵助たち浪士が、吉良上野介が茶会を開く日を知ることに苦心する話も挿入されていて、それを千春によって安兵衛に告げられる設定も話の流れからは納得できる結末として処理されている。

伊藤大輔の脚本はよくできている。

 

冒頭のタイトルバックの映像にかぶさるように、最後に赤穂浪士の討ち入り場面が描かれるが、カメラを引いた遠景で捉えたそのシーンは「終」の一文字を出すにふさわしく、映画を見たという満足感を与えてくれた。

SKDから大映の銀幕デビューする真城千都世(まき・ちとせ)が新人とクレジットされるのも懐かしい表示の仕方だ。