自民党総裁選?(でいいんでしたっけ)に野田聖子さんも立候補していると知りました。
野田さんについては、すでに違う話で盛り上がっているようですが、わたしは野田さんと聞くと、「トイレ掃除」の話を真っ先に思い出します。
どういう話だったか興味のある方はググっていただきたいと思います。
簡単に言いますと、「トイレ掃除にとても気を入れていた」ということでしょう。
少し主張する意味は違いますが、感じが似た話を某大物文化人のKさんもしていたのを記事で読んだ覚えがあります。仕事場のトイレ掃除を念を入れてしていたというような話でした。そしてそのトイレ掃除に対する気持ちが自分の成功に繋がったというようなことだったと思います。(違ったらごめんなさい)
もう一つ似たような話ですが、学校の校長先生で、学校のトイレの掃除を生徒に入念にやるように指導するひとがたまにいますね。聞いたことがあるという人もいるかと思います。
わたし、こういう、「トイレ掃除を神聖視する」あるいは「人生の大事なこと」と位置づけて重要視し、素手でやれとか、ピカピカにしろとかいうのを見ると、「こういう人は、ふだんの自分の生活の中に『掃除』が当たり前のこととして組み込まれていない人」という気がしてなりません。
感じとして、「年に1度の、大仏様のお身拭い」的な捉え方です。
日々のルーティンワークだったら、わざわざそんなキツい方法で掃除するのは意味がありません。
と、いってはみましたが野田さん、Kさん、校長先生とわたしを比べると、どう見ても、人生に成功した人と失敗したわたし、という対比になってしまいます。
やっぱり、トイレ掃除は精神修養と位置づけ一生懸命やった方がいいのかもしれません。ちなみにちなみに
因みにですが、いくらきれいに掃除したからと言って、大きな施設ではトイレの水を飲んではいけません。大きな施設のトイレ使われている使われていることもあるのだそうです。
さらに話を脱線すると、山奥の湧き水とか川の水をそのまま飲むのも危険が伴います。「上流に何があるかわからないから」だそうです。