タイトル「幻の友人」(ショートストーリー) | 記憶の欠片(ピース)

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病気がちで、甲斐性のないおっさんのブログ。
小説・ショートショートを書いていましたが、気力が失せたため、思い付きでいろんなことを書いています。

 サトシは体が弱く、何という診断名のない、病気とも言えず「虚弱体質」と処理される物で頻繁に小学校の入学当時から休みがちだった。
 そういう背景を持っている彼は、学校へ行ける日数が少なかったから、「学校へ行きたい」「学校へ行こう」ということが目標になっていた。それは、勉強嫌いとか、何らかの理由で学校に嫌悪感を持って過ごしている同年代の子供たちとは正反対の願いだった。それは、サトシがまだ休みなく学校に行くと言うことのつらさ難しさ憂鬱さとか言ったもの感じる段階に達していないからこそ、ならではの願いだと言うことは、言うまでも無かったろう。サトシに取ってみれば、マラソンの先頭集団追いつこうとしている孤独な第2集団のようだった。追いついて仲間に入りたいという願いがあり、そうすればきっと楽しいように思う幻想のようなものが常に目の前にチラついている状況だった。

 そういうわけでサトシの学校出席数は少なめだったのだが、体の成長もあり耐久力が付いたのだろう、学年を上げるごとに少しずつだが出席数は上昇した。 それで小学6年には、自宅学習と併用しているだけでもなんとか学校の授業に追いついていけるだけの成績を収められるに至った。それはサトシにしてみれば、小学校入学時から何年にもわたって来た遅れを取り戻せと言うことであり、またマラソンで言えば前を行く先頭集団に置いて行かれずに粘ったのが報われて追いつけたということだったが、それはサトシにとってこれでレースの上位が狙えるという野心よりまだ、集団の輪に入れて嬉しいという気持ちにのみフォーカスが合った。

 6年生になったときのサトシのクラスにユキオという子が新しい顔として一緒になった。このユキオという彼もサトシと同じくらいの数かそれ以上、学校を欠席していた。彼の欠席の傾向はサトシと正反対で、低学年のころは別段問題なくきちんと登校していたが4年生の途中から欠席が始まり、5年生で激増した。そして6年になった今は、本当に気の向いたときしか登校してこなかった。
 ユキオが学校に来ない理由はサトシのような身体的な問題ではなく、学校という物に対する、あるいは教育という物に対する違和感とか嫌悪感のようなものが作用した心情的問題だった。勉強の将来に対する有効性だとか、学校で勉強するだけが勉強ではないのなら、学校へ行かずに家などでしても有効だろうという主張があるらしかった。これにはユキオ本人の思いだけでなく、それを後押しする、支持する彼の家族がいるようだった。そしてそういう問題について学校側とユキオとその親との話し合いも何度か持たれているらしかった。そういう話し合いがあるようだというのはユキオが親と共にあらぬ時間に学校にやって来て、そして帰って行く姿が生徒たちに目撃された噂だけで知ることが出来た。だから、そういうことについて詳しく知る級友はいなかったし、同クラスになるサトシももちろん何も分からなかった。
 ただ、ユキオは話すと大変弁舌が鮮やかで立て板に水によく話した。話すというより、一方的にまくし立てるように演説するように話すのがうまかった。そうして自分の言いたいことを言って、それに対する相手の言い分にはあまり耳を貸さない様だった。もっとも、小学校6年にてしては、ユキオの会話内容はかなりませた内容が多く含まれていたので、同級生が同レベルで理解するのは困難に思われた。もっとも、話しているユキオ自身が、自分が操る、繰り出すことばについて深く理解しているかどうかという点も怪しいところがあった。取り入れたことばや知識を使ってみたくて人に話している様な部分があるように見えた。
 そういうユキオの話は、わけが分からないなりに同級生に一定の尊敬を集め、ファンもいた。そしてユキオは自分を信奉してくれるファンを優しく扱ってはいたが、事実上、自分の配下という対応をしていた。
 ユキオは誰にでも対等以上の位置から対応していたが、なぜかサトシには違っていた。サトシに対しては常に対等であり、フレンドリーに見えた。それがなぜかというのは、分からないが、とにかくどこかユキオの気に入る部分がサトシに備わっていたのは事実だった。だが、サトシもユキオも理由は正反対のようだが学校への出席が不安定であったから、会えるのは月に何回かだけだった。そんな中で、ユキオはサトシを見つけると頻繁に話しかけてきた。クラスで席替えなどがあっても、級友に無理を言ってその時だけでもと、サトシの隣の席に座っていた。
 そういうユキオの態度は、始めはサトシは嬉しいような好感があった。学校に親しい友達が出来ると言うことは、彼が学校へ通えることの成果の一つに思えたからだ。そして、サトシは6年生になって欠席も相当に減らすことが出来たので、もうほとんどほかのクラスメイトと同じだと自分では評価できるくらいだった。もっとも、それでも彼は体育の授業などはほぼ避けていたし、ふだんの服装でも体調の維持のためにできるかぎり体を温める配慮のある物を着ていた。真夏の真っ盛りでも無いかぎり長袖の服装であり、ほとんどの日にブレザーを着て登校していた。ブレザーは何着もあるらしく、毎回、似たようで色味の違うものや形が微妙に異なるものを着ていた。それがほかの生徒と少し違う、「お坊ちゃま」感を思わせ、「保護された者」という感じを周囲に与えていた。ユキオは、サトシのそういう「コワレもの」的なもろさに愛情を注ぎたい様な態度を取ることがあった。

 サトシは登校して気づくといつもそばにユキオがいることには慣れも感じたが時間がたつと疎ましさも覚えた。ユキオが自分の気に入った場所でサトシと話をしようとするため、サトシを同行させようとするとき必ずサトシのブレザーの袖を引っ張って行くのがひどく嫌だった。
 彼の話の内容にはついて行きづらかった。ありきたりな子供らしさを逸脱していて、周囲の人間を、つまりクラスの生徒たちをあまり相手にせず、「アイツはダメだな」とかそう言う話題が多かった。その中には教師の名前もしばしば登場した。サトシは、そういう話をされると、始めはフンフンと聞いていたが、段々とわけも分からず「避けたい思い」がつのるようになった。それにサトシはユキオの話をほとんどは聞いているだけで、自分の意見を言うわけでも無かった。結局の所、ユキオはサトシを気に入っていたからこうして話を聞かせることで自分の仲間に引き込もうとしているのかも知れないとも思った。

 ユキオはもう長い友人ででもあるように馴れ馴れしく、話しぶりがいつもサトシは心に引っかかる。それでも、それを修正させることが出来ないままでいつも話は先に進んで行ってしまうのだった。だから、その「馴れ馴れしいというのが不快だと言うことを説明しようとして思案している間はサトシの思考がそれに奪われているから、その間に進んで行ってしまうユキオの話はよく聞き取れず、何を話しているか理解が及ばないときが多い。ユキオは一くだり自分が話してしまったところで、サトシがどうも自分の話をよく聞いていないことに気づき、
「サトシ君。僕が話しているときは、僕の話をしっかり聞いてくれないか?ちゃんと相手の話に耳を傾けないと、しっかりした大人になれないと思うよ!」
 そんな風にユキオにまくし立てられるとサトシは自分が言いたかったことはどこかへ吹き飛んでしまい、意気消沈してしまう。
「ああ、そうか。なんて言った?どんな話かもう一度たのむ」
「しかたがないね」
 ユキオはそう言って、また話し始める。それはまるでサトシの時間もすべて俺の物という感じだと、サトシは感じていた。だから二人は、傍目にはよく連れ立っていて、いい友人にも見えただろうが、内実はそうでも無くて、いわゆる腐れ縁的な匂いが強かった。そしてその関係は、いつの日かサトシが自分の意見を正面からユキオにぶつける日が来たとき、どうなるのかという強い不安定要素を持っていたわけだ。そしてサトシにとってショックだったのは、ユキオと親しくしているというのがクラス全体に広まり、それがいつか担任の教師の知るところにもなったらしいことだった。
 ある日、サトシは「ちょっと来なさい」と担任の教師に呼ばれて職員室に行き。職員室独特の教師の空気が漂う空間で担任の前に立つことになった。
「ユキオと仲がいいって聞いたんだが、ユキオがどういう話をしているか、どういう活動をしているのか分かってつき合っているのか?」
 教師は椅子に座って少し前かがみになって体を反らせるようにして、サトシの顔をしたから覗き込むようにして聞いてきた。それは恐らく、ユキオに説得され感化されてしまうような事態を避けたいということだったのだろう。だがサトシには、ふだんのユキオの言い分も、今、担任教師が自分にしている質問の意図もどちらもハッキリと理解することは出来なかった。
「僕は、ユキオの話はよく分かりません。でも、ユキオが話を聞いて欲しいというので、聞いてやっているんです。それだけです」
 教師は少し不満げだったが、
「そうか、ならいい」とだけ言った。

 夏前までサトシとユキオの関係はそんな風に続いていたが、それでもサトシの態度が冷たいものを持つようになったのをユキオも分かっただろう。間近でユキオが熱弁を振るってもサトシは相づちこそ打つか中身をたいして聞いていなかった。理解しようという努力の姿が消えていた。それはとても冷たい仕打ちに見えたが、サトシはまだ完全な健康を得たわけではないから、自分の事を考えると少しでも気を抜けば今までのすべてが水泡に帰してしまう恐怖にいつも怯えていた。特に目の前に迫っている真夏と、それと真冬は彼にとって毎年、どれほど無難に乗り越えられるかが生活に大きく関わっていた。そんな中なのでユキオの相手を真剣にしている余裕もないのだった。サトシがあまり相手にしないと、ユキオは自分の配下のファンたちを集めて、自分の教育論などをぶっていた。それはどこで取り入れた情報なのかは知らないが、ともすると担任とやり合っても言い負かしそうになるくらい鋭い議論をすることもあるらしかった。だが、ユキオは驚異的天才というレベルにはなく、基本的には小学6年生までの経験しかないわけで、それだけは足りない情報もあっただろう。

 夏休みが終わったあと、サトシはホッと胸をなで下ろす程度に体調維持をして過ごすことが出来、学校へ行くのも順調だった。引き換えてユキオは、何か完全に吹っ切れたものがあったらしく、全く登校してこなくなった。サトシは、ユキオが全く顔を見せないと、一抹の寂しさもあったが、一方でサトシ自身と比較して、「ユキオは健康だが学校に来ないというのは、痛みはないが深刻な病」なのではと言う気がした。

 サトシはそれからユキオを会うことなく、小学校が終わり、中学校に入り、ユキオのことはほとんど忘れたし、たまに噂でしか聞かなくなった。中学校は、サトシと同じ地元の中学に一応の席があるらしかったが、一度も顔は見なかった。ユキオは中学校に来ないで、どこかにいて、ずっと自分の主張を誰かに向かって話しているのだろうかと想像していた。

 サトシは高校生になって電車での通学をしていたが、ある日、学校の帰りに電車の駅を出て駅前の植え込みが並ぶ所で3年ぶりにユキオを見た。わかりにくいセンスでコーディネートされた服装だった。よく目立っていた。彼は何か道行く人に呼びかけながらビラを配っているようだから、目立つ服装であるのは、的を射ていた。
 サトシは彼を無視して通りすぎることが出来なかった。電車から降りた人々の流れを斜めにそれて駅前に立っているユキオの所へ流れていった。そしてユキオの前に立った。なんと言えば分からなかったが、サトシがそんな心配をしなくてもユキオが一方的に話してくる気がした。
「おぉ!」
 ユキオはサトシの顔を見て、まずそう声を発したが、そのあとに何か有効な話は続かなかった。
「元気だったか?今、俺はこういう活動をしてるんだ。読んでくれ!」
 ユキオはそう言ってサトシにビラを渡した。会話はそれだけで途切れてしまった。サトシは、自分が思うユキオについての記憶が古くさいむかしの姿だったのかと思った。彼ももう小学生ではないのだと。そして、ユキオがいつからここでこんな活動をしていたのかと思ったし、これからも続けるのかと思った。
「そうか。読んでみるよ……」
 それ以上話は弾まなかった。ユキオは自分の手を止めてまでサトシに話すことは無いようだった。
「じゃあ」
「うん。じゃあ。今度暇なときに、また話がしたいな」
「ああ、うん。……じゃ」
 サトシはユキオにもらったビラを折って学生服のポケットにソッと入れた。サトシがそうして歩いて自宅の方へ向かう道には、何枚もユキオが配ったビラが散らばっていた。地面に折り重なったビラに付いた鮮明な靴痕が痛々しかった。拾い集めたい気持ちに駆られたが、そうはせず、自分は踏まないように避けて歩いた。

 家に帰ったサトシは就寝前に、ユキオが配っていたビラを学生服のポケットから取り出して机の椅子に座って読んでみた。その文面はワープロで打ったと思われるものだったが、とても読みづらかった。文の大半が平仮名で、たまに使われている漢字も誤字が多かった。それと句読点が全くなかった。空白もなくて、ほぼ最後まで一文で書かれたような文章だった。
「んん……」
 サトシはそのビラを苦心して読んでみた。すると内容は、教育に関するかなり真面目な主張が書かれたものに思われた。ただ、表現がおかしかったり文法がおかしかったりした。それでサトシは、パソコンの電源を入れてワープロを使い、ユキオのビラを予想できる範囲で書き直してみた。平仮名を漢字にし、漢字にはふりがなを入れた。そうするとビラの文章は最初の半分近くの長さに減ってしまった。
「小学6年のユキオなら、まだこれでもよかったけどな……」
 サトシは自分が打ち直したユキオのビラの文章を1枚印刷して、ユキオにもらったビラと重ねてクリップで留め、いつか機会があったら渡そうか。そう思って机の引き出しにしまった。だがそれが行われることはないだろうという明白な予感が彼の頭にはあった。
 隊列を組んで飛ぶ渡り鳥が見えた。そして、高く高く飛行し、もう鳥の形は見えないのに青空にさえ溶け込まない一羽の小鳥が見えた。