「何が悪い?」(ショートショート) | 記憶の欠片(ピース)

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病気がちで、甲斐性のないおっさんのブログ。
小説・ショートショートを書いていましたが、気力が失せたため、思い付きでいろんなことを書いています。

 一人の富豪がいた。彼は若い頃には地道に働くことをしばらくしたこともあるが、あるとき、
「こんな事では、一生うだつが上がらない。何かしなければ」
 そんな思いから金を集めて事業を始め、成功と失敗を何度か繰り返しながらも生き延びて、今は成功の道にどっぷりとはまり込んで、もうよほどのことが無いかぎり、揺るぎない資産を手に入れていた。
 けれど彼のその成功は、あまり一般庶民から見ると賞賛されるものでは無かった。彼には常に黒い噂がつきまとい、実際いくつか「スネに傷」もあった。それでも大きな犯罪に巻き込まれるような事態はすり抜けてきた。
 彼は、独身だった。今まで結婚はしたことが無かった。彼にとってあくまで「結婚も人生の選択肢のひとつ」でしか無かった。その彼が今、結婚を思い立つ女性を見つけた。
「私と結婚してください」
 彼は率直に相手の女性に言った。彼には自信があった。彼の成功と自信漲る容貌には大きな魅力があり、多くの女性を逃さず手に入れてきたからだ。
「あなたは悪い人だわ」
「なにがです?沢山のお金を稼いでいるから?お金を稼ぐのは悪いことですか?私は犯罪でお金を得ているわけじゃありませんよ」
 彼は堂々と彼女に言った。彼は恐らく、カネにつてこういう難癖をつけられることに慣れていたのだ。女性は、顔を上げて彼の目を見て、
「ううん。そういう悪さじゃないわ。
あたな『感じ』が悪いのよ。
 結婚はあなたとするのよ。お金とするんじゃ無いわ。あなたのお金と結婚して欲しいなら、お金だけちょうだい。あなたはいらないわ。あなたと結婚して欲しいなら、もっと愛される男になってね」
 彼が黙り込むと、彼女は、
「この案件は不成立ね」
 そう言って、彼のスーツの肩の辺りのゴミを払うように手の甲で払って、彼の目を見つめて口元に笑みを浮かべ軽く首を横に振り、くるりと背を向けて離れて行った。

 

 

あとがき

そんなに詳しいわけではありませんが、むかしのイギリスの貴族階級の人間には、年取っても独身という人もかなりいたようです。結婚するかしないか、もあくまで人生の選択肢という考えがあったようです。

日本人だと、結婚が人生のゴールのように言われることが多いですが、(最近はそうでも無さそうですが)そういう考え方は、人生を窮屈にしているのかも知れません。なにしろ、結婚とは単なる儀式ではなく、幾多の条項のある契約ですから。