彼は森でキャンプをするのが好きだった。週末などよく一人で森に入り、キャンプを楽しんだ。
そのうちに、森の中に住みたいと思うようになった。
「毎日、こんな森の中で寝起きし、森の空気を吸い、音を聞いて、動物たちを見たりして過ごして行けたら幸せだな」
彼はそびえ立つ木を見上げていた。
ある時、彼は初めてキャンプに来た森の奥へと進んでいくと小さな泉を見つけた。周りには手頃な木が生えている。この場所に小屋を建てて住もうかな。そう考えた。
その夜。彼は泉の畔でキャンプを張った。薪に火を点け食事を作った。静かだ。静かだがいろいろな音がする。誰も居ない。人の音ではない音。そう言う音を聞いていると胸がざわめくこともある。自然の真っ只中にいながら、自然を超えた何かを感じるのだ。
「あなた、森が好きなのね」
突然、彼は誰かに話しかけられ声のほうを見た。そこには手のひらに載るくらいの何かの生物が羽を激しく震わせ空中に浮いていた。
「よ、妖精?」そんなイメージにピッタリの姿だった。
「そう。その妖精。驚かせてゴメンナサイ」
彼は目をしばたたかせた。もちろん信じられ無かった。幻覚を見ているのだと思った。それとも自分はいつしか眠っていて、これは夢の中なのか。
「目の錯覚とか夢の中とかじゃないわ。私は確かにここに居る、妖精」
「そう。本当にビックリしたよ。でも、会えて嬉しいよ」
「あなた、ここの木を切って小屋を作って住もうと思っているの?」
「ああ、うん。そう出来たらいいなと思っているんだけれど、いけないのかナ。キミはそれを警告に来たとか」
「そんなこと無いわ。私はこの森に住んでいるだけで、森の意思では無いもの。何をするのもあなたの自由よ」
「それならいいんだけど」
「じゃあ。お邪魔したわ。おやすみなさい」
妖精は小さい手を振って森の奥へと飛び去った。彼も手を振った。
「おやすみ……」
あの妖精は何をしに来たのだろう。どうも自分の動静を聞きに来たような気がする。彼は少し不安になった。
それからしばらくして彼は仕事を辞めて、道具などを揃えて、あの森にやって来た。
泉はそのままだった。
「やっぱりここが一番いいな」
思い定めてそこにテントを張り、キャンプしながら自分一人住んでいけるくらいの家を作った。完成した日はなんとも充実した気分だった。出来た家の中で初めて火を使いコーヒーを入れ、食事を作った。簡素な食事だったが、これほどうまい食事は今までに無いとさえ思った。
彼はその日以来、この小屋で暮らした。食料は森の中で食べられるものを集めたり、時折、町に出てしばらく間に合う様に調達して帰った。
数ヶ月が経ったころだった、今住む小屋を建てる時に何本か木を切り倒したがその切り株が無くなって元の通りに木が生えていることに気づいた。
「そんなこと、あるだろうか?」
彼は不思議に思った。そして小屋の周りのほかの木も以前よりずいぶん増えて密集したように思った。
それからも日に日に木が増えて行っている。というより、
「小屋に木が迫ってきているのか?」
毎日僅かずつ木が迫ってくるのだった。それでも、まさか自分の身に何か起きるわけはないと高をくくっていた。
とうとう小屋の周りにビッシリと木が生えた日。彼はそれでも、
「明日から木を切り払うことにしよう」
悠長に考えて、眠りに就いた。
翌日、彼は目覚めると自分の変化に気づいた。手も足もあるような無いような感覚。どこに目があってどこを見ているのか分からない。
「体がどうにかなってしまったようだ」
彼は、「木」になっていた。周りを見渡すと、自分の小屋を建て、その後泉の周りに生えていた、あの木々が無くなっていた。
「あの木が、切り倒したから怒りを覚えて私を木にしたのか?」
そう思った。
そのとき、彼の目の前にあのときに出会った森の妖精が現れた。
「あら、あなたやっぱりこの森に愛されているのね」
「キミは、僕が誰か分かるんだね。でも、愛されているの?怒りじゃ無いのかい?、私は木に成ってしまったんだよ。人間に戻りたいよ」
「森の意思があると前に言ったでしょう?森があなたを選んだの。私にはどうにもならないわ。あなたの小屋の周りにあった木々が集まってあなたと共に大樹になったの。でもいいじゃない。あなたぐらい大きな木は、この先も軽く一千年二千年と生きられるのよ……何事も無ければ、だけど」
妖精は少し皮肉っぽい笑いを口元に浮かべていた。
「そんなに長い間、ここにずっと立っているのか……」
「まあ、たまには人も来るでしょう。私も来るわ。それにあなた、周りに木の仲間がこんなに居るということを忘れちゃいけないわ。それに、まだ遠くまで見渡せるほどの大樹じゃないけれど、そのうちに山の果てまで見えるようになるんじゃ無い。そうすると同じような大樹の仲間とも話せるはずよ」
「そう。そういうことか……これからは森と一緒に……というより、森の一部として生きていくのか」
「そういうこと。早く気持ちを切り替えて、慣れられるとイイワね……じゃあ、また来るわ」
妖精はそう言い残して、森の中へと飛び去った。
彼は周りの木々と少しずつ会話できるようになった。そして、少しずつ大きくなっていった。
「このままこうして何千年もここに立って、この景色を見て暮らすのか」
気が遠くなるような話だった。
二年ほどした頃、彼はその辺りではほかの木に比べて完全に頭が出るくらいに大きくなった。遠くまで見渡せる。すると、森の中にポツンポツンと彼のような大きな木があるのを見つけた。そして話しかけてみると、中に彼と同じように、元人間という木もあった。その木は彼より七百年ほど前からそこに立っていると言うことだった。その彼と話すときは、人間と話すような感じがして愉快だった。
だが、そんな平穏な日々もそう長くは続かなかった。ある日から以後、森の端から木が少しずつ消えていった。平地になり人の家が建ち始めた。それは、治まること無く、森は消えていった。とうとう、遠くに見えていた七百年先輩の彼も消えた。程なくして自分の周りにも多くの人間が現れ、自分を指さして何か話していた。彼はずっと上の方で耳をそばだてていたが、根本の話はよく聞こえなかった。
「私も材木になる日が来たか」
そう思っていた。だが違った。彼は残された。脇にあった泉と共に公園の中に組み入れられた。泉を中心に一握りの彼らの森が生き残った。
今、彼は公園の中で中心に立ち、日々子どもたちや恋人たちや、この場所で憩う人たちを見下ろして過ごしている。彼は、町を離れ森に入り、今は町の中心に居る。なんでも、この町の市長が「夢で妖精に、あの木と泉は公園にするとイイワ」とアドバイスされたのだとか。
タイトル「森の中で」
