「空飛ぶボート」(ショートショート) | 記憶の欠片(ピース)

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病気がちで、甲斐性のないおっさんのブログ。
小説・ショートショートを書いていましたが、気力が失せたため、思い付きでいろんなことを書いています。

 一人の発明家が「空中に浮いて進めるボート」を作り出したと話題になった。けれど、それはどうも「浮いたり浮かなかったりする」らしい。そうなると当然、人々は口々に、
「作り話だ」とか、
「いや確かに見た」とか、
 いろいろ意見が出て判然としない。

 そんな中、世の中のおもしろおかしい「ネタ」を取材するTV番組が早速取材に来た。

 スタッフがマイクを持って発明家の男性に質問する。
「空中に浮くことが出来て、空中で漕げるボートがあると聞いてきたのですが。ほんとうなんですか?」
 すると発明家の男は、向けられたマイクをチラリと見てかしこまり答えた。
「それは厳密には正しくありませんが、「そのように見える」ことは本当です。でも、もう当分無理かも知れません」
 取材のスタッフは、発明家の最初の「本当です」に喜んだが、そのあとの「無理かも」に落胆した。
「そうですか。もう少し具体的に説明をしてもらえますか?」取材スタッフの男はまたマイクを発明家に向けた。発明家は、後ろに置いてある、船底側が真っ赤に塗られ、湖などにあるようなオールでこぐボート様の船を手で指して話した。

「ええ。この船は船底側に特殊な塗料が塗ってあります。この塗料には人間のストレスを撥く性質の物質が混ぜてありまして。そして人間のストレスというものは、通常の大気よりも重くて、下に溜まるのです。よくストレスが溜まると「重圧を感じる」とか「気が重い」とか言うでしょう?そういうわけで、特殊な塗料を塗ったこの船は地球表面に大量にストレスが溜まるとその上に浮くことが出来るというわけです。地球は例の世界的ウィルス騒ぎで一時期はずっとそこいら中から湧き出るストレスが充満して、船が浮いていられたんです。少し前までは、浮かび上がったこの船に乗って、ストレスの海をオールで漕いでスイスイ進めたりして、そりゃそれで楽しかったのですが。……ああ、いや不謹慎ですな、しつれい。ええと……まあ、ですがそれも、徐々に緩和されて、最近、収束に向かってるものでね……ボートは浮かなくなったの」
「なるほど。それでこのボートも浮き上がらなくなって、宙に浮いているということなんですね?」
「キミ、うまいこというねえ。ガッハッハッハ」

 レポーター役の取材スタッフは、あまりおもしろくない取材になっている上に、少しでもボートが浮いているとこを見せられなくて、どうしようかと考えていた。すると、発明家のおじさんが、盛り上がらない話に手を差し伸べて、
「キミたち、もうひとつ少しおもしろいものを見せてあげようか?」
「なんです?おもしろそうなら、そっちを取材しようかな……」
「ふむ……。とにかく見せてあげよう」

 発明家が自宅の研究室に取材班を通して、「これじゃ」といって見せたのはなにかのモニター画面だった。日本の形をした地図の上に何か模様のようなものが描き出されている。
「日本地図ですよね?上に出ている模様のようなものはなんですか?天気予報で見る様な模様ですね」
「うん。これはわたしが開発した、「日本ストレス地図」じゃ。天気予報図と感熱モニターを混ぜたような表示になっとるんだよ」
 取材の男は興味深げに顔を近づけてモニターを見る。
「日本の上に、赤く渦巻き状になっている部分が点在していますね。これはなんですか?」
「うん、まさしくそれがストレスじゃ。青はストレスが低いところ、赤が高いところ。渦巻き状の線が集まっているのは、そこを中心にストレスが渦巻いてい集まって回転しているの意味している。……そしてこの、点在している箇所。日本のどこだか、見て想像つかんかい?」
 取材の男は発明家の顔を見てまたモニターを見て、
「ああ。真っ赤で渦巻きが出来てるのは、歓楽街だ!」
 するとほかのスタッフ達も声を上げて感心した。
「そう!遊びたくてしかたないという人は、もともとストレスが高くなりやすいし、「欲望」というのはストレスそのものと言ってもいい。だから歓楽街はストレスの塊なんじゃ。だが逆にこの町で「発散」することで、ストレスは緩和されて減少していくんじゃ。「ストレスが集まり、吸い込まれて消えていく場所」それが歓楽街なんじゃナァ」
「おお、なんか、おもしろい取材になって来た!」
 取材スタッフの顔にも赤みが差してきた。
「これを使って、なにかもっと有用なことが出来そうですね。そういうものは無いんですか?」
「ううん。今のところ、ないな……。まあ、「おもしろいところは突くが、有用なモノがない」だから「街の発明家」なんじゃよ、ファハッハッハッハ」
「ふ~む。それは納得の理由ですね!」
「ちなみに、ここをよく見たまえ。ごく小さい点だが、赤を通り越して赤黒くなっとるだろ。ここは国会議事堂のある辺りじゃな」


 結局、この取材はあまりおもしろくないからと「ボツ」になってテレビ放送されなかった。
 国会議事堂が赤黒いということが、どこからか漏れて議員からクレームが付いて、と言う噂も流れた。とにかく、ストレスはあまり溜めないほうがいい。発散に努めましょう。



タイトル「空飛ぶボート」

 

 

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