「マイ・ブーム」(ショートショート) | 記憶の欠片(ピース)

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病気がちで、甲斐性のないおっさんのブログ。
小説・ショートショートを書いていましたが、気力が失せたため、思い付きでいろんなことを書いています。

「マイ・ブーム」が世界に浸透しつつあった。
 これは、ある芸能人が仕掛けたもので、
「こんな時代だからこそ、いろんな場面に「舞」「踊り」「ダンス」を取り入れて、明るく楽しくしよう!『舞(マイ)・ブーム』」という考えから生まれた。
 ブームを仕掛けた彼自身、最初は少し照れくさかったし、踊り慣れなくてギクシャクしていた。それでもたくさんのことに挑戦した。
踊りながら地域の人とふれあう、「ぶらり途中下車、舞散歩」は出会った人と話しながらできる限り一緒に踊る番組企画。
舞扇を持って、舞ながら各地の温泉を巡る。「舞・温泉紀行」もあった。

 そんな中で世界に衝撃を与える出来事が起きた。
 ある登山家が「無酸素登頂」「単独登頂」などの過酷な条件での登頂はもう古いと考え「舞・ブーム」に呼応して「舞(マイ)・登頂」を実行したのだ。
 彼はタレント活動もしている能の先生に教えを請い、簡単なものを踊れるように練習したあと、登山に挑戦した。そして、その姿を自ら世界に生で動画配信したのだ。
 さすがに音楽は録音を使ったが、衣装に身を包み面をかぶって、眼下に広がる広大な景色、雲の上に頭出す山々をバックに立派に能を舞いながら山の頂に登り詰めた姿は、視聴者にえもいわれぬ感動を与えた。
 このことは世界的な注目を集めた。
『「能」とはなんだ?』
『なぜ、能なんだ?』
『日本人の新たな快挙だ!』
 そんなことばがネット上でも巡った。
 外国のニュースショーで「自称、日本通」の評論家が「能」と「歌舞伎」を混同して解説し、ネットで失笑を買うようなこともあったが、全体としては登山の新たなアプローチとして脚光を浴びた。登山家は「最終的には、能を舞いながらのエベレスト登頂を実現したい」と抱負を語った。

 このことで、ブームに一気に火が付いた。そして、新たな競技が誕生した。あるイベント企画会社が「ご当地民謡100メートル走」という競技を発案したのだ。
 これは、ルールとして「一歩は1メートル以内」「振り付けは事前に発表された規定のもの」「衣装は自由」と発表された。そして陸上競技場のレーンに走者が並び、スターティングブロックに足を掛けて構え、スタートの号砲とともに一斉に立ち上がって、ご当地民謡を踊りながら100メートルを踊りきるという新スポーツである。
 厳格に競技として行う全国組織も出来た。この場合は審判員が競技者と併走し、一歩の距離、踊りの正確性をチェックする。しかし、ご当地イベントとして開催されるような軽いものでは、そう言う厳格さはこだわらず、楽しければいいと言う精神で行われることも多かった。100メートル踊りきるのは3位だったが踊りがすばらしいからと特別賞が贈られるなど、お祭りらしい雰囲気にも合うのだ。
 北から「ソーラン節100メートル」「秋田音頭100メートル」など、東京はもちろん「東京音頭100メートル」。そして「阿波踊り100メートル」などなど、各地で催された。
 これは世界に飛び火し、「サンバ100メートル」「コサックダンス100メートル」など次々に国際化も進んだのだ。
 中でも、各地の優勝者が激突するレースは見物だった。他者の振り付けに釣られて、自分の振りを間違えて失格になったりした。
 現在、正規の記録では、秋田音頭、花笠音頭、東京音頭の「音頭3冠」保持者などがいる。

 さあ、あなたも「舞・ブーム」に乗ってみてはいかがだろうか?
 

 

 

あとがき

こんなことを考えて、どれだけヒマなんだと思う方も多いだろう。わたしもそう思う。

だが、考え出すのにはつらさもある。

 

わたしは、いくつかの小説投稿サイトに話を載せているけれど、たまにしかウケない。

特に若い人には、わたしの話はほとんど伝わらないことが多いようだ。

何度か書いているけれど、現代を代表するショートショート作家の田丸雅智さんのような、軽快で爽やか、愛らしい感じの文章は、わたしにはとても思いつかない。

まあ、同じものを書く必要は無いのだろうが、「時代に合わないものはダメ」というのはあると思う。

時代に合うものを書くのか、時代を作るものを書くのか。

どちらも難しい話である。

 

ひとつだけいいことがある。ずっと書いている成果が出て、2000文字程度の話なら、かなり適当に考えても書けるようになってきた。

だが、あとで読むと、いつもなにかが抜けていて、ダメだなあと思う。

あとは、ウケるだけだ。

 

 

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