タイトル「地下室の二人」(ショートショート) | 記憶の欠片(ピース)

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病気がちで、甲斐性のないおっさんのブログ。
小説・ショートショートを書いていましたが、気力が失せたため、思い付きでいろんなことを書いています。

タイトル「地下室の二人」



 ある会社に、ある窓際社員がいた。窓際といっても彼の場合は一度は部長クラスまでいってその上も目指せる人間だったが、「ちょっとした失敗」で降格され、その後も我慢強く粘って会社に止まっていたが、更に降格され、ついに平社員になってしまったのだ。
「あなたに異動辞令が出ています」
 彼の上司が、ただそう一言だけ言って紙を見せた。通称「追い出し部屋」への異動を通知したものだった。
――とうとうその日が来たか。
 彼はそう思った。けれど彼は少しうれしそうだった。
 彼の新しい仕事場は地下にあった。地下には倉庫や資料室もあったが、その先の一角が彼の職場で、そこへの出入りには警備室の前を通らなければならなかった。警備員が鍵を管理していて許可無く誰も出入りできないのだ。彼は毎朝、その警備室の前にいって開錠してもらい出社する。そして就業までその地下で過ごさねばならなかった。
 その待遇は本人が自主的に退社を願い出るまで続けられる。短い人なら数日で音を上げる。長く堪える人はそれだけどんどん厳しい条件が加算されていく。彼のこの会社での運命もこれでそういうものになったのだ。
 彼が会社でことばを交わすのは地下への出入りのとき警備員とするあいさつと、たまにイヤミを言いに来る担当社員だけだった。出退勤のとき、むかしの同僚は誰も彼に見向きもしない。知らない顔だった。
「おはようございます」「お疲れ様でした」ある男性警備員はいつも彼に丁寧にあいさつをした。その声には、単なる仕事の礼儀以上のものが感じられ、恐らく憐憫の情というヤツを感じているのだろう。
 彼が地下に通い始めて2週間ほどしたころ、その警備員があいさつ以外のことを話しかけてきた。
「もう2週間になりますが。2週間通って、あなたみたいに顔色がいい人は初めてです」
「ははは。それは褒められているのかナ?」彼は笑った。
「ああ、いや。こんな言い方ですみません。なにしろ、この地下へ通う人は皆さんしばらくすると、ひどい顔色になっていくので……」
「そうか。そうだね。わたしもそういう人を見た覚えがある。自分が通うようになるとは思ってもみなかったけれど」彼はまた笑った。警備員はばつの悪そうな顔で、彼も愛想笑いを帰した。
「ありがとう。何しろ会話の無い毎日だからね、声を掛けてくれてうれしいよ」
「いえ」警備員は小さく会釈して重い扉を解錠して開いた。
 それ以来、彼とその警備員は、たまに、短いが立ち話をするようになった。

 ある週末の日の夜。
 会社内に人影は無い。もちろん地下には誰もいない。だがきょうは、彼とあの警備員がいた。
 彼は重いカバンを二つ抱えて台車に乗せながら、
「わたしはだてに長くこの会社にいるわけじゃ無いんだ。いろんなことを見知りしていたのさ」
「でも、これは意外です。全然知りませんでした。いつも自分が警備していたところにこんなものがあるなんて」警備員の声はわずかに震えているようだった。
「君のような協力者がいないとできないことだった。わたしはこの数年、このチャンスを待っていたんだ」
「そうだったんですか」
「よし。これで全部だ」彼は部屋の中を見回してそういった。
 二人はカバンをいくつも乗せた台車を押して地下の駐車場に回り、
「これで半分ずつだ。満足だろう?そして、これでお別れだ。元気で」
「はい。あなたもお元気で」
 彼は警備員に手を振った。
 二人はそれぞれ車のトランクにカバンを積み込むと、どこかへ向かって走り去った。

 週明け。地下にあった隠し部屋から、この会社の経営者一族が長年貯めていた隠し金がすべて消えたのが発覚した。この部屋は例の「追い出し部屋」と同じ区画の一番奥にあり、警備員を配置して守っていたのだ。
 追い出し部屋の机の上には、彼の退職願が封筒に入れて置かれていた。
 無くなった金はもともと表に出せない金だから盗難届も出されなかった。
 あの男とあの警備員は、今どこかでのんびり暮らしている。


おわり

 

 

 

 

 

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