タイトル「取材」
西暦22XX年。
ある、実に優秀な家系があった。世界的な実業家、政治家、大学教授、研究者、画家。代々の家族の中から幾人ものすばらしい功績をもった人物を輩出している。
それだけなら、「人もうらやむ、優秀な遺伝がずっと続いているのだな」と思える。そして、大概の一般人にとっては「すごいねえ」の一言で終わってしまうような事象だ。
だがここで、その一族に付いて語ろうと思うと、実はあまり語る話がない。なぜなら、その一族の人間は私生活について、ほぼ全くと言っていいほどに公開を避けているのだ。大体優秀な人間というのは、業績が賞賛されるとき必ず、略歴とか経歴とかそういうものが一緒に公開される。彼ら一族にはそれがない。例えば「XX株式会社を一代で世界の大企業にした創始者」といったら、それ以外の経歴は全くの不明。紹介が伏せられているのではない。誰も知らないのだ。どこで生まれどこで育ち、どこで誰にどのような教育を受けたか、などなど、それらはすべて「一族の秘密」として一切語られたことがない。
この一族、もう200年近く栄華を誇っているが、子ども時代を見たものすらいない。莫大な敷地の奥の奥にある巨大な、鋼鉄の城の様な建物の中で生まれ育ち、教育を施され、扉を開けて世に出てくるときは20代になっているといわれていた。
「そりゃあ、宇宙人か、それともロボットじゃないか?そのでかい家の中で密かに作られているんだ」そんなことをいう人は多い。だが、彼ら一族はれっきとした人間だ。皆、病気になった記録もあるし死亡の記録もある。まるで歴史遺産のような荘厳な造りの代々の墓もある。実はその墓は、「あやかりたい」という人の墓参も絶えず、観光名所になっている。
その一族の一人の男性。いまをときめく大企業の創立者で、現在は代表権の無い相談役になっている人物がいる。年はまだ65だが、だいぶ前から仕事の一線からは遠ざかり気味で、趣味に生きている。趣味もいろいろで、とにかく何でもやる。「趣味が趣味」「趣味人間」ともいわれている。気さくで話もおもしろい。講演もしているようだ。だが自分の生い立ちなどは一切語らない。企業経営のノウハウを書いた本なども著書として出しているが、書いてあることは「案外平凡」と評されることが多い。もっぱら、「彼の経営の重要なことは、簡単には説明できない彼の判断力にある」といわれている。同じノウハウを使っても彼のように判断できるかどうかが最大のキーだというわけだ。
あるフリーの記者がいた。40才で独身。とにかく特ダネを狙っていつも昼夜を問わず活動しているので、家族を持つ時間は今後も訪れないかも知れない。彼にとっては仕事が生きがい。特ダネを手にしたときの快感のために生きているといえる。もっとも、そんなに精力を傾けてガツガツとやっていけるのもせいぜい50くらいまでじゃないかと考えている。普通の生活を捨てて這いずり回る生活は楽じゃあない。特に40の声を聞いたときからそれは顕著に感じるようになった。「むかしはこのくらい平気だったのに」などと思うようになると、この先もそれほど悠長にしていられないと実感する。
彼はとにかく、特ダネが命だから、小さい記事はたまにしか書かない。大きく当てて大きく儲けるのが彼のやり方だ。だからしばらく当てが外れてひどい生活を強いられることもある。友人に金を借りるなんていうのはしょっちゅうだ。若いころはそれもイヤだった。我慢もできた。いまは慣れて平気で友人に「3万貸してくれ」と手を合わせて拝める。それでも彼のいいところは、自分に金が入ればサッサとすべて、しかも利子もつけて返すことだ。雑誌が売れればいいし、本も何冊か売れた経験がある。そういう、「ノッてるとき」は気分もいいし羽振りもいい。勤勉にそのときの収入を無駄にしなければ、苦労しないで済むのだと思う。それでも彼は、そうはできない。苦しいときの圧迫が一発の大当たりで抑えきれずにはじけて行ってしまうのだ。それをつき合っていた女性に指摘されて、もう少し穏やかに平均した生き方に変えようとしたこともあったのだが、結局できず、女性のほうから引導を渡されたこともある。
記者は先に書いた大立て者を輩出し続ける一族の、企業の相談役になっている男性に取材を申し込んだ。企業経営とか世界経済の展望とか、そういう話ではない、私生活についての取材だ。それは多くの記者がアプローチしてきたが、誰にも取材OKがでたことが無かった。
記者の男は、ずいぶん長い間にわたって何度も取材を申し込んだ。ただ申し込むだけではない。自分の熱意をわかってもらえるようにと手紙で熱弁を振るってわかってもらおうと努力した。その結果、ついに取材を受けてもいいという返事をもらったのだ。
記者が通されたのは、一族が住む「鋼鉄の城」とも「白い巨城」とも呼ばれる建物の中。ここまでなら申し込めば入れてもらえる。彼は前にも入ったことがある。だがそのときは、まるで史跡の観光案内みたいに、集団でゾロゾロとガイドのあとについて歩き説明を聞くだけだった。しかしきょうは違う。その違いはすぐにわかった。建物に入ってすぐ執事が現れてリビングに通され、そこへ一族の男性が奥さんと一緒に現れた。
二人ともにこやかに記者に微笑みかけてきた。記者はまず社交辞令のつもりで、
「奥様とは結婚して、もうだいぶ?」
「ああ、40年になるね。それでも、いつも新鮮、いつもホットな関係だよ」
「そうなんですか。それはうらやましい。結婚生活でも大成功を収めておられるんですね。そのお話もお聞きしたいですね。40年、仲睦まじい夫婦である秘訣を」
「仲睦まじいというのは当たらないかな。わたしたち夫婦は喧嘩もしますよ。やるときはホントに派手にやりますね」
「そうなんですか。それが秘訣なのかな。罵り合ったり、手が出たりしますか」
「ああ、するね。お互いにね」
「あなたのような人が。それは興味深いですね。冷静沈着な経営者という感じなのに、大げんかですか」
「ひどいものさ。あらん限りの罵詈雑言に手を出すどころかショットガンで吹っ飛ばしたりするからね。そういうときはでも、すごくスカッとするんだ」
「え?ショットガンですか。何を撃つんです」
「妻に決まってる。喧嘩してる相手は妻なんだから」
「それじゃあ、死んでしまうじゃないですか」
「ああ、死ぬよ。わたしも死ぬことがある。これもお互い様なんだ。だが、ここ数年は、そんなところまで行く喧嘩はしていないがね」
「どういことなのか、わたしにはわかりません」
「そりゃそうだろうね。きちんとした説明をしないと、これを理解することはできない。だから君には、それを説明したいと思うんだよ」
「ぜひお願いします」記者は目を輝かせた。何やらおかしなこんな話が世界を代表する企業経営者から聞けるのだ。ありきたりの、当たり障りのない話にはなり得ない、そんな気がしてきた。
「そうだな。夫婦仲の話からし始めるのは少々突飛だが、いました話を説明すれば、わたしたち一族のことを話すことになるから、それも悪くないだろう」
「はい、おねがいします」
「ふむ。わたしたちの先祖は、むかしある秘術を発見した。魔法とかそういうものじゃないよ。純粋に科学的なものさ。だがそれは、一族にとって繁栄のための秘術といえるものだったという意味だ」
「ほうほう、それで」
「先祖の男性は非常に頭脳明晰な科学者だった。だがその研究は社会的に異端と受け取られた。そして孤立した。でもそのような状況に追い込まれながら研究をやめなかった。彼らは夫婦で研究を続けたんだ。科学者は夫で、妻はそれを支えていたということだね。奥さんは一生懸命に働いて夫の研究費を捻出した。夫はそれに応えるべく研究に没頭した。その努力が実って完成したのが……」
「完成したのが!?」
「うむ。人間をコピーする技術だ」
「人間をコピーですか。つまり、同じ人間を何人も生み出せるわけですか?」
「ああ、そういうことだ」
「それはすごい。でもそのような、人間の完全なコピーという技術はいまだ実用化の話は聞いたことがありませんよ。もしかして、それができることは伏せられて、軍事用などに使われているとか?」
「軍事用などとんでもない。そんなことはしていないよ。先祖の男性は、その技術を開発したあと、公開どころか一切誰にも話さなかったんだ。夫婦二人の秘密にしたんだよ」
「そんなもったいない。公開すればみんなに認められるすごい研究じゃありませんか……アっ!」
「察しが付いたようだね?そう、先祖夫婦は自分たちのコピーを生み出したんだ。そしてそれをずっと続けてきた」
「そうだったのか」
「わが家系に伝わる最も秀でた考えは、この人間コピー技術を決して外部に漏らさず、優秀な家族を産み出し続けてきたことなんだ」
「その人間コピー技術を売れば、そのときは認められ、富と名声は手に入るが……」
「そう、そのときだけ。一時的な富と名声に過ぎない。それに、秀でた技術というのは、必ず誰かに盗まれてしまうものなんだよ。そしてより優秀な人間が生まれてしまったら、われわれの優位性が無くなってしまうだろう。そうなれば、単なる過去の栄光さ」
「なるほど。200年前、技術を生み出した天才は長きにわたって受け継がれ、生み出されたコピーが富と名声を生み続ける……あらゆる分野に才能を発揮して……そしてついに、その技術を公開しようという気になったわけですね!」
「いや、公開はしないよ。君がどうしても秘密を取材したいというから、その情熱に打たれてね、教えてあげたわけだ。これで君も、満足だろう。でもこれで、かわいそうだが君を帰すわけにはいかないんだ」
記者は愕然とした。
「ボクを、こ、殺すきですか」
「いやあ、命は取らないよ。それはかわいそうだ。その代わり余生はこの建物の中で過ごしてくれ。もっともわたしたちが暮らすエリアとは違う場所だけどね。生活の不自由はさせないし、娯楽も豊富だ。退屈はしないと思うよ。君、家族はいないんだろ。それは調べてあるんだ。君がいなくなっても悲しむものはいない。ああ、雑誌の編集者とかは悲しむ人もいるのかな。ま、それくらいはしかたがないな。なにしろ、そういうことだよ……しかし、秘密を人に話すって、なんでこんなに楽しいんだろう!最近、これにやみつきでね。それで妻に叱られるんだ。……君みたいな人が暮らす施設を増設しなくてはいけなくなってね。そこはもう、ひとつの街みたいになってるよ。だから君も寂しくは無いと思うな」
「なんてことだ、生涯最高の特ダネなのに、それを知っている人ばかりがいる街で生きていくなんて。記事にしても誰も驚かないなんて!」
おわり

